第22話死守した

 未練が恥をかいた入隊会見の場に空はいたらしい。


「えー覚えてないんですかー。ショックだなぁ」


 緊張で頭がゆだっていた為か、未練の記憶には全く残っていなかった。

 会見での醜態が頭にフラッシュバックし顔が赤くなる未練。

 嫌な汗もかいてきた。

 あの無様な姿を直接見られていたのかと思うと、動悸がしてくる。

 そんな未練の様子を見て空はまた、ふふふと笑った。


「会見の時もキョドってましたよね。あの時のまんまだぁ」


 このままでは恥の上塗りになってしまう、いや既に手遅れか。

 なんとか挽回したい未練だったが、落ち着いて対応しようと焦る程に顔が熱くなっていく。


「岡本選手って珍しいタイプですよね。プロ野球選手って自信を持ってて、どこか圧を感じる人が多いけど全然そんな感じしない。」


 空が一歩、未練の方に近付いた。

 セミロングの髪が揺れた、良い香りがする。


「でも試合では凄い投球を見せる、皆が辞めると思っていたあの初戦の後もこうして戻ってきた。なんだか不思議で凄く興味を惹かれるんです」


 あら褒められた?

 ここまで未練には空の顔をじっくり見る余裕はなかった。

 改めて目をやると真剣な顔で未練の目を見つめてくる。


「取材させて貰えませんか。これからしばらく定期的にお話聞かせてもらいたいんです」


 未練は迷った。

 マトモな事を言える自信もないし、下手すりゃ恥の上塗りの更に上塗りとなる。


 取材に対して及び腰の未練、OKの返事をした覚えはなかったが何故か空は取材を受けてもらえる前提でスイスイ話を進めていく。

 あれよあれよという間に、連絡先を交換する事に。


「じゃあこれからよろしくお願いします。岡本選手にちゃんと覚えてもらえるように頑張りますね、私」


 断るタイミングを逸してしまい困る未練だったが、それ以上に舞い上がっていた。

 女子アナと連絡先の交換をした訳である。


「じゃあ今日はこの辺で、またね岡本選手」


 空はその場を離れていった。

 数秒の余韻に浸る未練。

 と携帯から通知音がなった。

 空からである。

 え、と思い空が立ち去った方向を見る。

 空は背中を見せたまま振り返らず、小走りで去っていく途中であった。


 今夜食事でもどうですか、との事である。




「なんかデレデレしてましたねーっ。実に怪しいっ。連絡先も交換してましたねーっ。実にいかがわしいっ。これはどういうっ事なんでしょうかっ、おい、未練っ」


 空が消えるのを確認して即、美々が戻ってきて追求を始めた。

 冗談っぽい口調ではある、が声の中にどこか棘を感じる。

 取材の件を伝える未練、食事の件は黙っていた。

 納得いかずに美々は尻ポケットに入れてある未練の携帯を奪いにかかる。

 未練は腰を引きこれを阻止した。

 美々は素早く右に回り込み、ポケットに手を伸ばす。

 未練も美々の動きに合わせて回りながら肘でガードをする。


 しばらく二人の攻防は続いたが、なんとか携帯を死守する事に成功した。


「もう知らんっ」


 美々は怒って立ち去ってしまった。






 会食は空の予約したイタリアンレストランの個室で行われた。

 未練はこちらの世界のお店を知らない。

 故に全て空任せにすることはある程度は致し方がないが、 それでも少しばかり引け目を感じる。

 お店は金区かねくこがねが丘にあるタワーマンションの中階ほどに唐突に出現する、完全予約制の創作イタリアンであった。

 著名人の利用も多いらしい。

 未練はそんな店を利用したことは今までなく、 少し怖じ気づいていた。


 ワインを頼み乾杯する。

 未練は飲酒は初めてである。

 先の自宅謹慎の間にひっそりと二十歳の誕生日を迎えていた未練。

 その後は孤独な野球漬けの二ヶ月を経て、最近プロとしての本格的な活動を始めたばかりだ。

 とてもじゃないが呑み歩くような状況ではなかったのである。


「初めてのお酒が私とだなんていいのかな」


 と空は言う。

 駄目です、なんて言われるなど微塵も思っていない顔だ。

 勿論、未練も言わない。


 未練はワインを一口、口に含んだ。

 ウッ……想像と全く違う。


 皆さんご存知、ワインの原料は葡萄である。

 未練は葡萄ジュースのような甘酸っぱい味を想像していたが、 そこに甘さは感じられなかった。


 ――渋い!


 未練は表情を歪めかけたがぐっと堪える。

 これ以上情けない姿は見せたくはない。

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