第21話見送った
ナイスゲーム戦の翌日、神保の監督職解任が発表された。
表向きの理由は成績不振の為、チームは上向き傾向にあったがここまでの成績を総合評価した結果との事だ。
全体集会において最後の挨拶が行われたが、未練と直接話すタイミングもなく神保はチームを去っていった。
未練はこのままチーム成績が上向けば神保は辞めないですむのでは、と淡い期待を抱いていた。
そもそも神保自身が辞める意思を持っていたのだろうが、監督としてチームを指揮する事自体は好きだったのではないか。
成績が上がれば球団上層部も神保を続投させたくなるだろうし、神保自身も心変わりするのではと考えていた。
現に神保の采配はもうすぐ辞める人間の物ではなかった、と未練は思っている。
その事をぼんやりながらも神保に伝えたときの事を思い返す。
「んー、そういう問題でもないんだよな……」
神保は難しい顔で具体的な事は何も言わなかった。
神保の辞意は固かったのか、それとも成績不振が直接の解任理由ではないのか。
とにかく神保はチームを去った。
未練は自身の行く末を思い、暗雲たる気持ちになる。
干されていた未練を再起用したのは神保の独断であった。
神保が解任された最大の原因は自分なのでは。
だとすれば未練は球団上層部に相当嫌われている事になる。
今度はどの位干されるのだろうか……未練は憂鬱であった。
これは合っているようで少し違う。
確かに神保解任の最大の理由は未練を起用した事にある。
しかし問題となったのは監督の立場で球界、球団の意に沿わない行動をした点だ。
球界のお偉方にとってはもはや、未練が試合に出てるか出てないか等はどうでも良い。
むしろここ最近の活躍を見て、岡本未練最大活用すべしと考え始めた御仁も少数ながらいる位だった。
神保の退任挨拶の後、就任挨拶の場に立ったのは
コーチからの昇格人事で年齢はこの時点でまだ三十六歳、青年監督の誕生といえる。
安間は二〇一九年に選手を引退したばかりで、現役時代は通算本塁打二四五本の強打に加えて甘いマスクと大変人気があった。
現役時代の実績、人気を買われ将来の監督候補として二〇二〇年には打撃コーチ、二一年はチーフ打撃コーチと指導者経験を積んでいた所で今回の神保の解任劇、予定よりも早くの抜擢となったのだ。
安間は就任挨拶にて、チーム内競争を強調した。
ベテラン、若手の枠を取っ払い純粋な競争でレギュラーを決めていく、と若手監督らしい覇気に満ちた決意表明だ。
「誰一人としてレギュラーを確約された選手はいません。全員一からのスタートでポジションを勝ち取っていただきたい」
安間は熱い男に見える。
未練は安間に対して江藤に似たものを感じ、一抹の不安を感じていた。
とはいえ未練の懸念していた干される心配は、一旦ではあるものの早々に解消された。
次回の先発予定を安間から告げられた為だ。
とりあえず次はある事が分かり安堵の溜め息を漏らす未練。
「岡本、君はうちでは久々の速球投手だから。主力投手になったつもりで投げなさい。期待してる」
ストレートに好評価を受け、未練は悪い気はしなかった。
なんだいい人じゃん、と第一印象で人を決めつけたことを反省する。
自分の立場を踏まえても、期待には応えたい。
数日後の試合に向け気合いを入れ直すのだった。
安間にとっては未練は駒である。
初手からやらかして汚名を背負う事となった未練ではあるが、利用価値はあると考えていた。
世間からの未練に対する拒否反応はまだ残っているが、ここ二試合の活躍でやや風向きは変わっている。
一時ほどの反発はないし、未練の投球を見て後押しする声もない事はない。
それだけ東京野球団ファンは勝利に飢えているのだ。
監督になったからには結果を出したい、安間は前任者神保がつけた岡本未練起用の道筋をそのまま利用するつもりでいる。
このまま活躍を続ければ反発は更に萎んでいくだろう。
もし駄目ならまた干せばいい。
安間にとってはさほどのリスクはなく、都合のよい存在である。
「美々あいつの事きらいっ」
話の流れ的に安間の事かと思われるかもしれないがそうではない。
美々の視線はベンチ前に向いている、そこには安間がいた。
やっぱり安間じゃないかと思われるかもしれないがそうではない。
電撃的に新監督に就任した安間の回りには多くの報道陣がいたが、美々はその中の一人の事を指して言っている。
美々の視線の先には女性がいた。
彼女は民放キー局のオテントテレビの女性アナウンサー
美々は空の事が気に入らないようだ。
「あいつ男子ばっか追っかけてっ女子には全然取材してくれないのっ。しかも成績で態度変えるしっ。こないだまで友多を追っかけてたけど成績が上がらなくなったら相手しなくなったんだよっ。大体そこまで可愛くないしっぶりっ娘だしっ」
空は女性アナウンサーだけあって一般的に見て美人である。
というよりか、そうそう見かけないレベルの美貌といっていいのかもしれない。
メディアの表舞台で仕事をする人間とはこういうものなのだろうか、未練には近づきがたい程の輝きを放って見える。
かといってテレビで、更にはこうして遠巻きに見る限りは高飛車な印象はない。
空はよく笑う。
この時もニコニコと笑顔を絶やさず、安間の取材に勤しんでいる。
安間もついつい優先的に空の質問に答えてしまうようだ。
ボーッと眺める未練に美々は冷たい視線を送った。
「えー……未練君ってまさか……あんなのがいいとか……言わないよねっ?」
未練は首を横に振る。
住む世界が、生まれた星が違う訳である。
あの手の女性とは、緊張して喋れない自信があった。
「えー……ホントかなぁ……怪しいなぁっ……」
美々は訝しげに未練の顔を覗き込む。
未練は大袈裟に苦い顔を作り更に首を振った。
それを見て美々は満足した様子。
追加で空についてあーだこーだと言い出した。
ゲッっ
という顔をして美々は黙った。
空の話題から話はとうに逸れて、コスメの話題に移っていた所だった。
美々の目線の方を見ると空がこちら方向に向けて歩いてくるのが見える。
いつの間にか安間の取材は終わったようだ。
空の視線はこっちに向いているような気がする。
……なんだ?
不審に思い、目配せしようと美々の方を振り返るとすたこらと逃げ出している最中だった。
まさか悪口を聞かれたなんて事はある訳もないが、それでも美々はビビってしまったのか単純に近くにいたくない程嫌いなのか、敵前逃亡する美々の背中を未練は見送った。
気配を感じて再度振り返る。
空が目の前で立ち止まっている。
「二人で私の悪口でも言ってたんですか、彼女逃げちゃったけど」
未練は焦った。
見透かされた事になのか、それとも美人のオーラに気圧されたからか、未練の視線が泳ぐ。
ふふっと笑って、冗談ですよと空は言った。
「相変わらずですね、岡本選手。久しぶり」
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