第20話運んだ

「おーい大丈夫でぽれ。怪我ないみょすか」


 十分程歩いた所でブチサンが何かに気付き、斜面の下に声をかけた。


 友多である。

 斜面から落ちて上がれないようで、もしかしたら怪我をしているかもしれない。

 おそらく一晩、斜面の下ですごしたのであろう。

 ハァとブチサンは溜め息をついた。


「トシクンちょの奴、連絡をサボったでぽわる。後で説教でぽす」


 野営の際、目的地に到着していないランナーがいればその目的地の野手が本部に連絡を入れなければならない。

 今回の場合、友多は二塁を目指していたため二塁手のトシクンの役目である。

 ブチサンと未練は斜面を滑り下りた。

 やはり足を挫いているようだ。


「ここをこの足で登るのは無理でぽす。でも下に行けば砂浜まで辿り着けみょす」


 ブチサンは友多の脇の下に潜り込み担ぎあげる体勢にはいる。


「申し訳ないけど未練ちょも手伝ってびゅれ」


 未練もやむなく肩を貸した。




 道中気不味い空気が流れる。

 初めはお喋りだったブチサンも空気を察して黙りぎみだ。


 友多は油汗をかいている。

 未練の世話になりたくはないが、相手チームのブチサンにばかり寄り掛かるのは失礼にあたる。

 体重のかけ所が定まらず、無駄な力が入る。

 これが未練達には逆に負担になった。

 只でさえゴツい友多がモゾモゾモゾモゾしているのだから担ぎ難いったらありゃしない。

 未練は我慢が利かずチッチチッチとついやってしまう。


「一旦休憩するでぶうる」


 ブチサンが堪らずタイムをかける。

 ブチサンの願い空しく休憩中も無言、再出発後も無言であった。





 再出発して三十分以上は歩いただろうか、相変わらず二人は無言であった。

 だが状況は異なる。

 アクシデントを抱えた山道は険しく、未練も友多も喋る元気がないだけである。

 一行の中で一番基礎体力のない未練は汗だくで息は切れているし、友多も強がる余力はなく二人に身を委ねている。

 ブチサンだけはまだ元気で、二人が気不味い空気を出す余裕がないのを良い事に次第に口数が多くなった。


「自然ってのは厳しいでぽわる。こんな時に自分の無力さを感じみょすぺ」


 未練も友多も聞いちゃいない。


「自然の前なら素直になれる訳でぽすけど、本当は普段の日常から我々は無力なんでぽわる、認めたくないだけでぺ」


 未練も友多も無力な若手選手である。

 鬼清に屈しつつも、同年代同士で張り合ってしまう所はあるのかもしれない。


「自然は非情でぽすけど、我々には感情がありみょす。ちょっとした言葉で良い方にも悪い方にもコントロール出来る余地がありみょす」



 三人は無事皆の待つ砂浜に辿り着く。

 未練、友多共にアウトの扱いとなり、スリーアウトチェンジとなった。






 友多を担いでの下山で体力を失った未練は、コントロールに苦しんだ。

 足に力が入らず球がうわずる。

 六回裏に四番ブチサンに浮いた球を狙われタイムリーを浴び一点差に詰め寄られた。

 後続を抑えたもののその後も苦しいピッチングが続く事になる。


 しかし未練は回が進むほどに集中していた。

 疲労した体と反比例して頭は覚醒していく。



 そんな未練を知ってか知らずか、相変わらず美々は話しかけてくる。


「昨日の星空見たっ?すっごい綺麗だったねっ。ほんとは隣で見たかったけど……でもでも同じ空を見たんだから一緒に見たみたいなもんだよねっ」


 とSNSにあげた星空の写真を見せてくる。

 未練には可愛い女の子を邪険に扱う度胸はない。

 美々に対してニッコリ笑顔を返したがその実、気持ちは試合の方を向いていた。

 海鈴も未練の不調に気を配る。

 夏美も大丈夫?と声をかけてきた。

 他のチームメイト数人も同様だ。

 全て笑顔で対応した。

 しかし相手の言葉がろくに頭に残らない程度には、会話に集中していない。


「まだ投げられそうか? きつい? 交代するか」


 七回裏終了後の神保の問いにだけは、まだいけます、としっかり答えた。

 こんな所で降板したくはない。



 未練は九回裏のマウンドに登った。

 八番ブンチャンにいきなり四球を与える。

 ノーアウト一塁。


 九番の代打ヨシクンにスリーボールまでいくものの、最後は高めに浮いた球に手を出してくれて三振。

 ワンアウト一塁。


 一番トシクンには初球を打たれ、山中での攻防の末ヒットとなる。

 ワンアウト一二塁。


 二番モモサンにはストレートの四球。

ワンアウト、満塁である。


 三番ピーチャンにもコントロールが乱れ、ストライクが入らずスリーボールとなる。

 気持ちは奮い立っていたが、体はいう事を聞かない。

 ここで後一球外れたら押し出し四球同点、未練も追いつかれる覚悟をした。


 四球目ストレート、ど真ん中に入る。

 ピーチャンは見逃さずにバットをぶつけた。

 強烈な打球が未練のすぐ横に飛ぶ。


 ギリギリの所で未練の体は反応しライナーをそのグラブに収めた。

 ツーアウト、満塁。

 打席にはブチサンが入る。



 未練は深呼吸した。

 後一人アウトを取る、その間心身をコントロールしきればいい。


 初球ストレート、内角際どい所、ボール。

 カウント1-0。


 二球目ストレート、今度は外角低めいっぱい、ストライク。

 1-1。


 三球目スライダー、低めの球にバットが空を切る、空振り。

 1-2。


 四球目ストレート、大きく高めに外れてボール。

 2-2。


 五球目スライダー、ファール。

 2-2。


 六球目スライダー、低めの際どい球を見逃す、ボール。

 3-2。


 五、六球目のスライダーは決め球だった。

 ブチサンに二球とも対処され落胆する未練。

 といってもその時間二秒程。

 すぐに気持ちは切り替わった。


 七球目ストレート、内角低め膝元。

 ブチサンはバットを出すことが出来なかった。

 ボールはしっかりとコントロールされ海鈴のミットに収まった。

 見逃し三振、スリーアウト。


 試合終了

和歌山1-2東京




 試合後、友多が声をかけてきた。

 ブチサンにお礼を言うべきではないだろうかとの事だ。


 確かに未練はブチサンにお世話になった。

 お礼を言う事はやぶさかではない。

 しかし、友多にいわれる筋合いではないと思っている。

 そもそもお前が俺にお礼を言うべきだろうと。

 が、これを言っては小さい人間だと思われる、未練は素直に提案に応じる事にした。


 友多はブチサンに何度も何度もお礼を言った。

 未練も勿論お礼を言っている訳だが、それが霞む程のお礼だった。

 印象としては未練の倍、位だろうか。

 未練は自分のお礼が上書きされた気分になりムッとした。

 対抗心からかお礼に熱がこもる。

 自分の中にある感謝の気持ちを全て言葉にしようと頭を回転させた。


 ブチサンは激しいお礼の応酬に対して、照れながら気にすんなと笑った。

 そろそろお別れの時である。


「昨日、今日と楽しみょすぶうる。次会うのも楽しみょすぶうる。今度は負けなぽわる。それじゃサヨナラ、ドブ飲みバカ人間共」


 ブチサンの国の言葉で(友)の意味だ。

 ブチサンは最後まで爽やかだった。

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