第19話おこした

 道中ブチサンはよく喋った。

 道に迷った未練にこの島の地形について軽くレクチャーをし、 その後その日の投球を一通り褒めちぎる。


「未練ちょは球が速ぽわる。特に四回の決め球、あの速さで膝元に投げられたら手が出せなぶうる」


 この試合ブチサンとは一回と四回の二度、いずれもランナーを背負って対戦している。

 結果は二度とも未練が三振を奪って勝利した。


 勝負に勝った相手、更に道に迷った恥ずかしさや生来の人見知りな性格から当初はブチサンに気不味さ、何なら警戒心まで抱いていた未練。

 しかしブチサンは終始柔らかく優しい声で話し笑顔を向けてくる。

 ブチサンの不思議な空気感は次第に未練を安心させた。



 一塁ベースのある、やや開けた丘に到着するとそこには既にテントが設置してあり、その横には焚き火のための即席かまどや燃料用の枯れ枝が。

 野営の準備はある程度出来上がっているようだ。


 到着後、休む間もなく更なる準備に取り掛かるブチサン、まずは火をおこし始めた。

 未練も何か手伝おうという気はないでもなかったが、何をすればいいのか分からない。

 そんな未練を見てブチサンは傍に呼び寄せ、火おこしレクチャーを始めるのだった。


「野球を続けるなら森の中で火をおこす時がいつか必ずくるぽす。覚えておいて損はないみょすで、未練ちょもやってびゅそ」




 未練が元いた世界と今いる世界、言語はほぼ同じである。

 これは二つの世界が近い為だといわれており、つい百年前まで一つの同じ世界だったとの説もある。

 はっきりした事はまだ分かってはいないが細かい部分を除き文化習俗が同じだったり、二つの世界の街並みが結構な割合で被っていたりと相互に影響しあっているのは間違いなさそうだ。


 ただしこれはこの二つの世界に限った話であり、東京野球団が普段対戦している異世界の民達は文化習俗言語のみならずその容姿も大きく異なる。

 現にナイスゲームの面々は迷彩柄の肌を持つ民で、森の中によく馴染んでいた。


 さて見た目から何から違うブチサンと未練だが今の所、話が通じている。

 これはブチサンが日本語をマスターしているからではない。

 先程、文化習俗言語が異なるといったがナイスゲームの世界の言語と日本語はよく似ている。

 異世界言語学界においては長年、ナイスゲームの世界の言語は日本語から分派した物とされてきた。

 ただ近年の研究でそれは否定されており、言語学者の間では両者が似ているのは偶然とする説が有力である。




 焚き火を囲んで食事をとる頃には既に日が落ちていた。

 内容は缶詰とレトルト食品といった簡単な物、お互いの所持していた食料を交換し談笑しながら食べる。

 ブチサンの声はゆっくりと心地よく響いた。


「私は未練ちょの世界の缶詰が大好物ぽす。ここに来た時しか食べられないからうれみょす」


 異世界同士が交わるスポットから相手の世界へ物質を持ち出す技術は、現時点ではない。

 未練の世界の物をスポットに持ち込んでも、結局元の世界に持ち帰る他ないのだ。


「キャンプ用品も質の高い物が多くて羨ましみょす。ほれ私の靴なんて買ったばかりなのにもうガタがきてぶうる。そっちの靴はモンベル、キーン、ダナー、メレル、キャラバン、コロンビア、スカルパ、マムート、ザンバラン、ノースフェイス、シリオ、スポルティバ、ニューバランス等々良い物ばかりぽす」


 ブチサン、というよりはナイスゲームの面々はキャンプを好む人が多いようである。

 野営の魅力についてブチサンが語るのを未練は静かに聞いた。


「暗闇で、自然の中で孤独に浸ると一秒一秒時間の流れを実感出来ぽわる。何もしてなくても例え時間を無駄にしていても、時の流れが体に染み渡ってくるような感覚がぽわる」


 ここまで言って照れ臭そうに付け加える。


「と言っても私はお喋り好きでついつい他の人とお話ししたくなりみょす。でも自然の中で人とお話しするのも言葉の一つ一つが染み込んでくる感覚があって楽しみょす。それに比べるとうちの二塁手のトシクンちょなんかは筋金入りの一人キャンプ派で、今夜は和歌山野球上手団の友多ちょと一緒のはずだけど少し心配でぶうる」


 和歌山野球上手団とはナイスゲーム側から見た、東京野球団の呼び名である。

 和歌山ナイスゲームは別に和歌山県に拠を構えるチームではない。

 和歌山県にスポットがあるだけの話で、あくまで東京野球団からは和歌山のチームに見えるという事に過ぎない。

 逆を言えばナイスゲームから見れば東京野球団は和歌山のチームという事になる。

 これは他の異世界のチームにもいえる事である。


「普段の暮らしの中では孤独は辛いでぽわる。気持ちが沈んで自分を見失いみょす。でも孤独って本当は良い事でぽす。自然の中でならどこまでも冷静になれみょす」


 暗闇の中、焚き火の淡い光に照らされブチサンの顔が深緑色に揺らめく。


「マウンドは山に例えられる事がありみょす。また投手はマウンドで孤独とも言いみょす。野営とピッチャーは似ているのかもしれなぽわる」


 ブチサンは言いながら不思議そうな顔をした。

 言ってはみたものの自分でもピンとこなかったようだ。


「今日は未練ちょ、気持ちを作るのが難しそうでぽさったけどマウンドに登れば冷静だったでぼうる。見事な投手振りだったでぽす」


 少々強引だが上手く話をまとめられたであろうか、ブチサン自身半信半疑の様子だが、まっいっかととびきりの笑顔を見せた。


「でもね未練ちょ、マウンドを降りれば仲間が待ってるのは忘れては駄目でぽす……???」


 ブチサンは首を傾げた。これは蛇足だったかもしれない。

 自然の中では人は皆、良い事を言いたくなるものだ。






 翌日の試合は午前八時から開戦した。

 程なくして夏美が森の中に打球を打ち込んだという情報が入った、さて未練は二塁に向け出発である。

 未練の持つ簡易地図には、分かりやすい目印や注意書きが書き加えられていた。

 ブチサンが昨夜のうちに書いてくれたものだ。


 未練はお礼を言って出発しようとしたがブチサンは心配そうだ。

 もう少し先までは送っていくと未練に同行した。

 いい人である。

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