第18話出た
東京野球団VS和歌山ナイスゲームの試合は淡々とゆっくりと五回まで進んだ。
あくまでも未練にとっては、だ。
この試合、森林を背にした位置に設置されているピッチャーマウンドと本塁の距離は一八.四メートルと通常通りである。
そのかわりといってはなんだが一、二塁は約二キロ、三塁は五百メートル先の森の中にありランナー、守備側は山林に分け入り次の塁を目指したり薮の中でボールを捜索しなければならない。
歩きにくい森の中を小さなボールやベースを巡り攻防を繰り広げる、ランナー守備側共に過酷なルールとなっている。
しかしここまでの未練にとってはさほどでもない。
打者としての未練はアマチュアの中でも低レベルな部類である。
したがってランナーとして森に進入する確率は低く、実際五回まではその機会はなかった。
また守備側としてもこの日は上手く三振を奪えていた。
森の中まで飛ばされたとしても後はバックを守る守備陣にお任せといった感じで、やはり入林までいたっていない。
一回表に東京野球団に一点、二回表に更に一点得点が入った。
つまり試合において激しい攻防が行われているはずな訳だが、如何せん森の中での出来事。
白いビーチで待機する未練には正味の所、何が起こっているのか今いち窺い知れない。
たまにボロボロの味方ランナーがホームに生還し、あ、得点入ったのかと認識する位のものである。
一回表の得点は夏美だった。
その直前まで未練は余所見をしていた。
浅瀬で美々が浮き輪にお尻をはめてプカプカ浮いている。
空気を入れてやったのは未練である。
美々は試合開始前から、大谷川に隠れてこそこそ浮き輪だのビーチボールだの準備をしており未練はそれに付き合わされた。
美々はこの試合の出場予定がない数人の女子選手と映える写真を撮り合っている最中で、美しい海を背景に特殊ピースを決めている。
試合中ではあるものの特にやる事がない未練は呑気にそれを眺めていた。
美々が気付いて笑顔で手を振る、合わせて未練も振り返す。
その時である。
歓声が上がる、振り返ると夏美が本塁へ向かってきている。
そのままベースを駆け抜け、チームは幸先良く先取点をあげた。
チームメイトとハイタッチを決める夏美の髪にはクモの巣が絡みガビガビ、体中に引っ付き虫が付き土埃で顔も汚れている。
ハイタッチの輪に加わる未練を発見した夏美は、ボロボロの自分の姿に少しだけ恥ずかしそうな表情を見せたが、やはりそれ以上に嬉しげだった。
未練は罪悪感からいつもより大袈裟に笑顔を返した。
反省をした未練は真面目に試合に向き合い、ナイスゲーム打線をねじ伏せ相手得点ボードに0を重ねる。
練習の甲斐あってか海鈴との息もまずまず合っており、ぎこちないながらもスライダーの捕球も上手くいっている。
そうとも、未練は野球をしにきたのだ。
今はこの試合に集中し、持てる力を全て注ぎ込むのみである。
とはいってもこの試合、未練にとっては暇な時間が多すぎた。
ワンプレー毎の待ち時間がとにかく長い。
攻守交代だけで一時間近くかかる訳で、未練の集中力は度々切れかかる。
プロスポーツのメンタルコントロールは難しい。
「この島ってねっ、星がめっちゃ綺麗だって知ってたっ?今日は天気がいいから絶対一緒にみよっ。後、花火もして――」
五回を終え攻守交代待ちの未練にフリルをあしらったビキニを着た美々が話しかける。
頭には現地で摘んだお花まで挿している。
未練が集中力を保てない最大の理由はこれかもしれない。
浮かれる美々を見る度に、未練の決意を押し退けてバカンス気分が割り込んでくるのだ。
六回表、先頭打者の大谷川がヒットで出塁した。
向井原が三振に倒れ、続く久米村の所で神保監督は代打策をとる。
代打は友多、この策は成功しヒットで出塁、ランナーを溜めて未練に打席が回ってくる。
六回表ワンアウト、ランナー、一二塁。
相手投手モモサンの初球ストレート、高めに大きく外れてボールの判定。
二球目スライダー、またも高めに抜けてボール。
ピンチに動揺しているのかもしれない。
三球目ストレート、外角際どい。神の判定はボール。
四球目ストレート、高めギリギリ、ボール。
四球となり、未練は一塁に出塁となった。
記念すべきプロ初出塁であり、初の森行きである。
ここで神より試合中断の宣告がなされる。
時刻は十七時、日没後の山林での野球は危険なため続きは明日となる。
ナイスゲーム戦には日没後のしきたりがあった。
回の途中で中断となった場合、守備陣、ランナーはそのまま山中で野営をするというものだ。
中断前に出塁を決めた未練は森に入り、そこで一夜を明かさねばならない。
バカンス気分が吹っ飛んだ。
「えっなんでっ?一緒にお星様見れないのっ?やだよっやだやだっ無し無しっ四球無しっ」
美々が駄々をこねている。
実の所、未練は星になど興味はないが可愛い女の子と見れるなら、と思ってはいた。
出来れば夏美とも見れたらな、なんて期待もしていた。
「誰か代走出せばいいじゃんっ。未練君が可哀想っ」
代走の選手は可哀想ではないのか。
美々のワガママが通る訳もなく、勝負の世界は時として非情である。
未練は急かされるように森に入った。
遭難の危険もある、本格的な日没までに目的地の一塁ベースまで着いておきたい。
方位磁石や島の地形図を渡されてはいるがさっぱり見方が分からない未練は、球団が用意した簡易地図を頼りに歩を進める。
山道は想像以上に歩きにくかった。
足下が草木で隠れて思わぬ凹凸やぬかるみがある。
傾斜もあるし、装備も重い。
景色を覚えにくいし、見通しが悪くて距離感や方角を見失う。
ほら現に簡易地図に載っている看板に一向に辿り着かないし、今自分がどこにいるかも分からなくなったではないか。
未練は焦った。
既に一時間近く歩いている。
時刻的にはまだ明るい時間だが、鬱蒼とした森の影のせいで日没が近い事をより強く感じる。
我、遭難せり。
未練は認めざるをえなかった。
パニクって来た道を走って戻ってみるが、当然帰路など覚えちゃいない。
絶望と疲れでしゃがみこむ未練。
こんな場所で寝袋一つ、一晩過ごさなければならないのか……。
「おーいたいたみょす。君、和歌山野球上手団の未練ちょでびゅそ?」
声がした。低く落ち着いた渋めの美声。
振り向くと異世界人がいる。
和歌山ナイスゲームの一塁手ブチサンであった。
「未練ちょはこの場所は初めてでぶうるし、心配で迎えにきてしまいみょす。」
ブチサンに無事発見保護された未練はなんとか一塁に辿り着いた。
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