第17話怒られた

 未練と友多の一件は内々で処理された。

 神保にとっては厄介なトラブル持ち込みやがってと思う反面、首謀者の鬼清の影響力を減じるチャンスとも捉える事が出来た。

 鬼清は輝かしい実績を残してはいるものの、この時点で三九のベテラン選手である。

 近年、年齢による衰えが顕著でここ数年に限れば成績は奮わない。

 その癖チーム内で派閥を作り、悪い影響を振り撒くのだからたまったものではない。


 だからといって簡単に外せないのがスター選手というものだ。

 チーム内での威光は無視出来ないものがあるし、野球ファンからの人気もある。

 更にああ見えて上の人間からは好かれるようで球界、スポンサーのお偉いさんからは可愛がられていた。

 監督の神保には頭が痛い存在である。


 今回の問題で鬼清を締め上げるのも一つの手ではある、と神保は考えたがそうはならなかった。

 未練、友多、鬼清、球団幹部と、誰も事を荒立てたいと思う者がいなかった為だ。

 事なかれ主義というやつだ。

 そうなると神保に出来ることはない。

 只々、意味のない揉め事が起こっただけとなり、各選手に注意をして終わりである。


「お前は大事な時期なんだから、気を付けろよ」


 まだまだ立場が危うい未練に釘を刺す。

 未練の事はこれからチームの為に働いて貰わないといけない選手だと考えている。

 しかし初登板の大惨事を考えれば、またいつ干されてもおかしくない。

 球界、世間に力を認めさせるには今が踏ん張り所の筈だ。

 無駄に体に痣を作った未練に呆れていた。






 東京嬉し空港から、和歌山県海苔市わかやまけんのりしたのじままでは空路で一時間程。

 試合の地へ向かうチャーター機の中で美々がはしゃいでいた。


 今回の目的地、たのしアイランドパークは海苔市沖約百キロの太平洋上にある孤島、楽し島にある。

 というよりは楽し島の別名が楽しアイランドパークだと思ってもらえれば良い。

 住人のいない無人島、ではあるがエメラルドグリーンの海、白い砂浜が美しい場所であり海水浴場キャンプ地としても密かに人気がある。

 野球で使用されない日は貸し切りの保養地として管理をされている。



 という訳で美々ははしゃいでいた。

 島での登板予定のない美々にとってはお気楽なバカンスのようなものらしい。

 バーベキューに少し早めの海水浴、綺麗なビーチ海辺のコテージとテンション爆上がりであった。

 まさにこの日先発する未練は気持ちを作りたい所だったが、後ろの座席から話しかけてくる。


「美々の水着みせてあげるからっ楽しみでしょーっえへへっきゃきゃきゃっ」


 そもそも新しい水着を買いに付き合わされたのは未練だ。

 どんな水着かは分かっている。


「着けてるとこは見てないじゃんっ。あーどうしよーっ、未練君、美々の事もっと好きになるだろーなーっ。どうしよっかなーっ」


 試合出場予定の海鈴が遊びに行くんじゃねぇんだぞと、たしなめるが効果はない。


「プロ野球選手はファンサービスも大事なんですぅーっ。ファンは美々ちゃんの水着を楽しみにしてるんですぅーっ」


 と口答え。

 結局チームキャプテンの大谷川に怒鳴られるまで、はしゃぎたおした。

 とばっちりで未練まで怒られたのは、彼にとって不幸な事であった。




「体、大丈夫?」


 美々が静かになって落ち着いた機内。

 先程までの未練達の会話に加わらず、チラチラ見ているだけだった夏美が隣から聞いてきた。

 先日の相撲で負った打ち身を気にかけてくれているようだ。


「あんな奴ら相手にしちゃ駄目。無視しても何にも問題ないから」


 そう簡単な事ではない、と未練は考えている。

 男性社会にも女性社会にも派閥というものがあって、お互い深くは干渉しない事が多い。

 派閥みたいな物は関わらない者にとっては下らなく見えるものだ。

 鬼清は女性選手に絡む事はない。

 鬼清の厄介さは、夏美にはいまいち伝わっていないのかもしれない。

 凡人メンタルの未練には上下関係から完全に抜け出すのは難しかった。

 おそらく友多もそうなのだろう。


「もし今度絡まれたら私に言うんだよ、約束ね。私が助けてあげるから心配しないで」


 お姉ちゃん?お母さん?それとも担任の先生?……のような口ぶりの夏美。

 少し情けなく感じつつも満更でもない未練だったが、夏美の前では強がって見せた。




「着いた……着いたねっ楽しみだねっふふっ……」


 チャーター機から降り立った美々のテンションは既に回復していた。

 怒られないように小声ではあるが、期待が漏れ出ている。


 滑走路からチームバスに乗り込み島の外周を走る海沿いの道を移動。

 右手には鬱蒼とした森林、左手には海。

 暫く走ると道は山間に入り、海が見えなくなった、と同時に駐車場がありそこで下車となる。

 海の方向へ歩くとすぐに景色が開けた。


 只々真っ白に光る広大な砂浜が広がる。

 海は噂に違わぬエメグリで透きとおり、雲一つない晴天が花を添え水面が輝きを放っている。

 海辺にはお洒落で管理のいき届いた綺麗なコテージが並んでいる。


 キャーと歓声を上げて美々は駆け出した。

 止めに走る海鈴。

 また怒られるのにと思いながらも、この日先発登板予定の未練の気持ちもまたバカンス気分に侵食されかけていた。



和歌山ナイスゲーム

1(二)トシクン

2(投)モモサン

3(三)ピーチャン

4(一)ブチサン

5(捕)ボンチャン

6(遊)ミムサン

7(中)タクサン

8(右)ブンチャン

9(左)ヤマサン


東京野球競技部隊

1(遊)熱原夏美

2(左)八矢文人はちやふみと

3(二)五村圭介

4(一)鬼清勝

5(捕)花毟海鈴

6(三)大谷川清香

7(右)向井原夢

8(中)久米村ぷりん

9(投)岡本未練



 遊びに来た訳ではない。野球をしに来たのだ。

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