第16話嘘ついた
東京野球団のチーム状態はやや上向いている。
未練の登板したスーパースピード戦の後、二戦をこなし二勝。
このシーズン初の三連勝を飾った。
神保の采配も冴えており、チームの勝利に貢献している。
神保はとりあえず辞めてはいない。
辞めたがっていた事を知っている未練も口止めされている為、チーム内で神保の意思は表立ってはいない。
このままチームが更に調子を上げれば、神保の退任を避けられるのではないかと未練は考えている。
その事をそれとなく神保に伝えると何とも言えない顔をしていた。
登板から二日の休養を挟みチームに合流した未練。
試合の反省点を踏まえて海鈴と今後について話しあう。
スライダーを捕れるようになって貰わなければ困るが、その為には未練が練習に付き合わねばならない。
「お前、最後の球なんだよ。勝負時にあんな糞ボール、緊張感がなさ過ぎないか?」
上から目線で話し合いに挑むつもりだった未練には予想外だった。
まさか自分を責める言葉が飛んでこようとは。
あの試合であんなに苦労したのは海鈴のせいだと未練は考えている。
十五時間も野球をやってれば疲労からミスも起こるだろうと、しかも決定的なミスは最後の一球だけだろうと。
未練は話題を海鈴のスライダー捕球問題に変えた。
そもそも話し合いのメインテーマはこれだ。
「そんなのはもう私もお前も分かってる事だろ。わざわざ掘り返さなくても結論は見えてる。練習すりゃいいんだから、細かい事いうな。小さい野郎だな」
こいつどんな教育受けてきたんだ、未練は流石にイラついている。
未練とほぼ同じ背丈の海鈴だが、顎を突き出し見下ろすような視線を向けてくる。
胸を張り堂々とした態度だ。
「こらっ海鈴っ、ちゃんと謝りなよっ。これからっ練習にも付き合って貰うんでしょっ」
海鈴の背後には美々が最初から控えていた。
ここまで困り顔で体を左右に揺らしたり、くるくる捻ってみたりしながら黙っていたが、ここで第一声である。
美々の声を聞いたのは二ヶ月振りだ。
未練の初登板以降、距離を取られていた。
黙っていたのはおそらく気不味さからだろう、未練も同様に喋りかけるのを躊躇っていた。
美々に促され海鈴は渋々、謝罪と感謝の意を口にした。
ぶっきらぼうで短い言葉である。
早々に謝罪を切り上げ、今後の練習についての具体的な話に入ろうとする。
その様子をニコニコしながら見守る美々。
「未練君っ海鈴をよろしくねっ」
いらん事を言うなと美々を睨む海鈴。
美々は楽しそうに笑った。
「こないだの試合っ凄かったねっ。未練君カッコ良かったっ、後で美々にお話聞かせてっ」
美々の中でさっきまでの気不味さは吹っ飛んでいるようである。
海鈴との関係を取り持った事で禊完了という事だろうか。
この二ヶ月がなかったかのような話しぶりだ。
調子のいい奴だな、と未練は思った、が同時に憎めないとも。
これは彼女の人柄の為せる業なのかもしれない。
後、単純に容姿が良い。
相手が可愛いとついつい許容範囲を広げてしまうのは、未練の人柄である。
海鈴、美々とのやり取りもそうだが、この日球場入りしてからチーム内での自分の立場が好転していると未練は感じていた。
今まで腫れ物扱いをされていたのが、チームメイトからぎこちないながらも積極的な挨拶を受けている。
今までにあまりなかった事だ。
十五時間も共に野球をし、勝利を手にしたとなれば自然と一体感が生まれるものなのだろうか。
「岡本くーん、三日ぶりだなあ。元気しとったか。」
ロッカールームで声をかけてきた鬼清もまた共に戦った戦友である。
「あの試合感動したわ、マジで。さすが大投手様だよ、凄い凄い」
鬼清は上機嫌で未練を持ち上げる。
後ろにいる舎弟に同意を求め、下品に笑う。
鬼清にビビっている未練は愛想笑いをするばかりで話を広げる事は出来ないが、鬼清一派が勝手にベラベラ喋ってくれるのでまだ聞いているだけで済む。
興が乗ったのか鬼清は世間話を未練に振りだした。
好きな女性のタイプ、最近はまっている事。
どうも鬼清は長身スリムなモデル体型の女性がタイプ、お相撲にはまっているようである。
「そうだ岡本君、お相撲取ってみせてくれよ。君今日試合ないんだろ」
ん?雲行きが怪しく……察した未練は一気に憂鬱な気分になった。
「おら!坊屋、お前が岡本さんの相手をしてさしあげろ」
反抗する勇気もなく未練は友多とお相撲を取ることに。
友多とは初会話以来ほとんど話をしていない。
向こうからフレンドリーに近付いてきた癖に、それ以降未練は避けられていた。
理由はなんとなく察しはついている。鬼清だ。
鬼清にとって未練は苛めの対象であり、本質的には好いていない。
それは当人同士だけでなく、周りから見ても窺い知る事が出来る程度には明らかだった。
友多は鬼清一派……というよりはその影響下に入らざるをえない環境にある。
少ない男子選手の中において、スター鬼清の影響力は強い。
その実績に加えて体がでかくて威圧的、直情的な性格となかなか厄介な男だ。
さらに上下関係が厳しい縦社会。
若手の友多が鬼清の意向を無視してこの世界を生きるのは現実として難しいのではないだろうか。
鬼清に目を付けられた時点で、友多は未練を見限ったのである。
友多と未練は左の相四つで組み合った。
組み合った時点で勝てない事を未練は悟った。
アスリートとしての地力は友多の方が遥かに上である。
ガッチリと引き付けられ為す術なく寄り切られた。
「もう一番!」
鬼清の声が飛ぶ。
リーチと上背で上回る未練は懐の深さを生かすべく、両上手で友多を抱え込む。
しかし未練程度の上背ではどうにもならず下手から攻め立てられ二番目も寄り切りで勝負あり、となった。
「もう一番!」
未練は低い立ち合いで前褌を狙う。
いい位置のまわしを取る事に成功、右上手から絞り上げ左下手は肘を張り有利な体勢を作る。
が、友多はびくともしない。
不利な体勢からでも構わず前に出て未練を寄り切りにかかった。
「おい芸無し!さっきから寄り切りばっかじゃねえか。もっと違う決まり手見せろ」
鬼清の声を受け、友多の動きが一瞬止まる。
次の瞬間、強引に右上手を掴むと未練の体を引っ張り上げた。
フワリとした感覚と共に未練の足は床を離れる。
ヤバい、と思った時には未練はそのまま下に叩きつけられていた。
上手投げである。
未練は顔面を強打した。
もう一番!もう一番!もう一番!その後何度も未練は床に叩きつけられ転がされた。
友多は先日の試合に途中出場して共に戦った仲である。
なんでこんな事になっているのか、我々は戦友ではないのか、途中出場の一時間程度では情もわきようがないのか。
友多を見ると、目が血走っていた。
鬼清にはニコニコと笑顔を向ける。鬼清は満足そうだ。
未練はカチンときた。
鬼清のもう一番が飛ぶ。
未練は立ち合いと同時に飛びつき、首相撲の体勢を作った。
友多は両差しを狙うべく相手の両脇に下手を差し込む。
その瞬間に未練は友多の腹に膝を叩き込んだ。
友多は予想もしていなかったのだろう、鳩尾にまともに蹴りを食らいうめき声を上げる。
そのまま膝を付き床に沈み込んでいった。
一瞬の静寂の後、鬼清が半笑いで言う。
「いやいやいやいや蹴りは駄目だろ」
未練は精一杯驚いた顔を作って見せた。
え、駄目なんですか、僕のいた世界のお相撲は蹴り有りだったんですけど……。
嘘である。
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