第6話話した

 十五球投げた後、未練は解放された。

 背中に嘲笑を受けながらマウンドを降りる。

 まだ合同練習は始まったばかりだが一日相当の疲労があった。


「ねえ大丈夫だった?」


 若い女の声。


「陰湿だよねアイツラ、マジキモい……」


 確かに陰湿な奴らではあった、と未練も思う。


「気にしなくていいよあんなおっさん達。自分がヘロヘロ球しか投げれないから嫉妬してるだけだしっ」


 実際未練はそこまで気にしていない。

 いじめられた認識はあるものの、あまりの力の差を見せつけられ気持ちがフワフワしている状態だ。

 なんなら心地よくすらある。


「岡本……未練君……未練君って呼んでいい? さっきいい球投げてたねっ。一三〇でるんだよねっ凄いねっ」


 舌足らずの甘ったるい声だった。脳を直接触ってくるような力のある濡れた声。

 アイドル的な童顔からにっこり笑顔を向けてくる。上目遣いのオプション付だ。

 フワフワ内巻のパーマボブに、日焼け対策バッチリなのか色白の肌、小柄で可愛らしい女の子である。


美々みみもピッチャーなのっ一二三が最高なんだけど」




 ここで少し怪しげな話をさせていただきたい。人によっては胡散臭く聞こえる話かもしれない。


 この世界には神がいる。


 そんなの当たり前だろと仰る方もいれば、くだらないと鼻で笑う方もいるだろう。

 考え方は人それぞれ、どちらの意見も尊重したい所だ。


 只いるのだ、この世界には神が。


 ではその神とはなんなのか。

 神の定義はこれまた人によって異なる所だろう。

 ここで万人が納得する答を出す事は非常に困難だ。

 しかしそんな問答をする必要はない。

 この世界ではほとんどの人がそれを神と認識している。

 それはなにか。


 ズバリ野球の神である。

 この世界の野球を司り統括する存在。

 野球の誕生と共に出現し、今に至るまでこの地上(の野球)を支配し続けている。



 かつて東京野球団は常勝チームだった。

 あまりにも実力が突出しすぎて全く他の追随を許さなかった。

 俗にいう黄金期、V49時代の話である。


 しかし黄金期は永遠には続かない。

 ここで神のバランス調整が入る。


 お気付きだと思うがこの世界の男の肩が弱いのはこの為である。

 一九六二年、元旦の事だ。これ以降に誕生した男は生まれつき弱肩を抱えて生きる事となる。


 神の呪いを受けた東京野球団、それから当分の間はやはり強かった。

 一九六一年以前生まれの強肩世代がバリバリ働けているうちは勝ちに勝ちを重ね、四九連覇を達成した。


 しかし五〇連覇をかけた二〇〇二年シーズンに遂に優勝を阻まれ、それ以降は栄冠を手にしていない。


 東京野球団の現在のチーム構成は、最後の強肩世代である六十前後の超ベテランが僅かに残り、比較的肩を使う投手、捕手、三塁手、遊撃手、外野手に女性選手、それ以外の一塁手、二塁手、左翼手に男性選手といった感じである。


 投手はほぼ女性で、未練の他は六十前の超ベテランが一人いるのみだ。




 未練に話かけた女の子は滅多にない男性投手に興味津々なようだ。


「なにさぼってんだよ美々」


 またまた別の女性の登場である。


海鈴まりんっ、だって未練君って凄いんだよぉっめっちゃ球速いしっ」


「異世界からきただけだろ、凄かねぇんだよ」


 ――ごもっとも!お恥ずかしい


 海鈴と呼ばれた長身の若い女性選手はプロテクターを付けている。捕手なのだろう。


「どう見てもガリガリのポンコツだろ。間抜けなツラしてるしな」


「海鈴っ失礼だよっ」


 忙しい日だ……と未練は思った。

 興味を持たれたと思えばいじめられ、また興味を持たれたと思えば嫌われて。


「いいからほらさっさといくよ」


 女性捕手は一瞬だけ鋭い視線を未練に寄越し、背中を向け歩きだした。


「ごめんねぇっ本当はいい娘なんだけど……あっ名前、二子河美々にこがわみみねっ美々って呼んでっ」


 という事らしいので語り手も遠慮なく美々と呼ばせていただく。

 というかこの際なので、若年の主要人物は下の名で呼ぶ事とする。


 美々は海鈴の後を追って走り出した。

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