第5話困った

「未練君おはよう!今日からよろしくね」


 未練が鯖味スタジアム入りした瞬間に声を掛けてきたのはチームメイトの坊屋友多ぼうやゆうただった。

 気が急いていた未練は急な新キャラ登場に面食らった。


「君と野球出来るのを楽しみにしてたんだ」


 坊屋友多は人懐っこい笑顔を向けてくる。

 童顔で可愛らしい顔立ち。背は未練よりも低く、百六十センチ台。

 クリクリの坊主頭でついでに瞳もクリクリしている。


 体は分厚い。

 胸筋背筋ともに発達し、前後に奥行きがある。

 肩は盛り上がりアメフトの防具の様。

 Tシャツから覗くぶっとい首は肉そのもの。

 おそらくは引き締まっているであろう腹筋は、胸から上がピチピチ故に、腹部の布がやや緩み全貌を窺い知る事は出来ない。

 野球選手にしては小さな背丈で、プロの世界まで勝ち抜いてきただけはある、説得力のある体である。


「同年代の男がチームに少ないんだ。仲良くしてくれるとホント助かる」


 未練はさっさと着替えて練習場まで行きたかったが、逃がしてはくれなかった。

 矢継ぎ早に質問を受ける。野球の事、元いた世界の事、趣味好きな音楽芸能人……好きな音楽芸能人の話は世界が違うので噛み合わない。


「おはようございます」


 二人の脇を熱原夏美が通り過ぎた。

 あっ……振り返る事なくさっさと行ってしまう熱原。


「ハァッ愛想ない奴」


 坊屋友多は呆れた顔をして熱原の背中を見つめた。

 が、すぐに真剣な顔をして未練の方に向き直った。


「未練君にはマジで期待してるんだ。成績が悪くてチームの雰囲気が悪い、男女の選手仲も冷え冷えなんだよね」


 未練は黙って聞いている。


「投手はほぼ女子ばっかだからね、未練君がちょっとでも仲を取り持ってくれれば有り難いかな……戦力としても豪速球投手なんでしょ? 期待しちゃうなすごく」


 未練は凡凡凡投手である。少なくとも元の世界では。


 ――困る!


 未練は困った。




 合同練習は朝礼に始まり、後は一部連係を除いて選手の自主性に任せられている。


 肩力に差がある為、坊屋友多とはキャッチボールが出来ない。

 さて誰とペアを組んだものかとキョロキョロしつつ、あの娘と組めたら一石二鳥なのになーとストーカーよろしく熱原を探していた所、


「キャッチボールやるかい?」


 声をかけてきたのは年齢六十前後とおぼしき男だった。

 腹が出て白髪頭、顔はシミシワシミシワ、とても現役選手とは思えなかったがユニフォームを着ている。

 コーチかもしれない、と未練は考えた。


 彼の名は油賢夫あぶらたかお、正真正銘の現役選手である。

 一九六一年一二月一五日生まれ、この時点で五十九歳の捕手だ。


 果たしてこの人大丈夫なのか……未練は訝しんだが、キャッチボールは問題なく出来た。

 弱々しく山なりのボールだがある程度の遠投は可能、そしてキャッチングは上手い。



 ここで疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれない。

 この世界の男性は肩が弱いのではないのかと。

 これには理由がある。後々説明させていただくので、とりあえず今は忘れていただきたい。



「岡本くーん、ちょっと付き合ってくれなーい?」


 肩が温まってきた頃、今度はまた違う声に話しかけられた。

 ドスの効いたガラガラ声だ。

 声の方を見ると四人の大柄な男達が近付いてきている。

 真ん中に陣取る一際でかい男の顔は知っていた。

 鬼清勝おにきよまさる三十九歳、通算三八五本塁打を誇る実績充分のスーパースターである。




 何故未練が鬼清の事を知っているかというと、神保監督に事前に資料を貰い念を押されていたからだ。

 なにせスーパースター、チームの重要人物。

 波風立てず付き合うにこしたことはない。


「まあなんとか……上手くやってくれよ」


 神保はすがる目付きで未練を見た。




「君凄い球投げるんだってなー。胸貸してくれよ、フリーバッティングで」


 目の前にすると鬼清の威圧感は強烈だ。

 身長は百九十以上ありそうだし、体の分厚さも坊屋友多の比ではない。

 クリクリ坊主頭には剃り込みが入り、瞳はバッキバキである。


「油さんキャッチャーお願いねー。さっさと肩作ってー」


 ハイハイと言われるままに所定の位置につく油。

 怖くて断れる筈もなし、未練も急ピッチで肩を作る事に。

 投げ込み中も、鬼清と一緒にいた三人からナイスボールだの打てるかよーこんな球だの茶々が入り、気が気でない。

 鬼清含めた四人で笑い合いキャッキャキャッキャと楽しそうである。

 四人を気にしないようにしつつも自然と投げ込みに力が入る。


「なあそろそろいい?」


 いつの間にかバッターボックス側で鬼清が待っている。


 さて開始である。


「お手柔らかになー」


 バッターボックスで構える鬼清は目の前で見たよりも大きく、威圧感も増しているように見える。

 これが俗にいうオーラが出ているという事かもしれない。

 間違いなく今までの野球キャリアの中で最強の打者であろう。

 柄にもなく未練は高揚していた。

 未練だって腐っても野球人である。

 凡人である自分がこんな機会に恵まれる事はない、やれることはやってやろうと決意を固めた。


 初球はストレート全力で投げ込む。

バチン!


 音としてはこんな感じだろうか。

 体感としてはスッポーンといった感じで軽々と打球が舞い上がっ た。

 振り返るとバックスクリーンに直撃した打球が跳ね返っている所だった。


「本気で投げていいんだぞー」


 鬼清と一緒にいた男達がヘラヘラ笑っている。


 二球目ストレートホームラン

 三球目ストレートホームラン

 四球目ストレートホームラン


「手加減やめてやー変化球も使って全然構わんよー」


 鬼清の言葉に取り巻きがキャッキャと騒ぐ。

 ああ今いじめられてるのか……と未練は気付いた。

 五球目スライダーホームラン

 六球目スライダーホームラン

 七球目ストレートフェンス直撃ヒット


「うわっヤバッ届かんかったっ恥っずっ今の無し今の無し」


 取り巻きはゲラゲラ笑っている。

 八球目ストレート、快音を残しライトスタンドに吸い込まれた。

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