第7話『光』
「立ってるのがやっとのお前がか!?」
ナイフ状のモヤを飛ばす構えだ。
それを飛ばし、真城の肉体を貫く、あるいは“
生憎こちらは、立ち上がる事に集中しすぎた為なのか、真城の周りを眩しく照らしていた“力”は消え、右手は淡い光を放つ程度に弱まってしまっていた。
“力”に集中さえできれば光は増すのだろうが、意識が朦朧とする中での集中となれば隙も大きく、絶好の機会でも訪れない限りはまず使い物にならないだろう。
そんな真城の現状でさえ、警戒を解くことなく遠距離からの姿勢を崩さない原田。
よほど真城の“力”を警戒していると見える。
今の真城を見て、無暗につっこんで来てくれたならどれほど楽だったか。
如何せん、真城から原田に迫るのは肉体的、体力的にも難しい。
……が、一度しっかりと立ち上がってしまえば思いのほか体も動く事に気付く。
先程見た記憶。
まるで走馬灯なそれが、改めて思い起こさせてくれた気持ち。
原田との約束が真城の気力を再び呼び戻す。
絶体絶命のこの状況が、背水の陣が、真城の思考を鮮明にする。
これが火事場の馬鹿力というやつなのかもしれない。
真城に向かって射出される黒いモヤ。
しかし。
(……見える。……軌道が、読めるっ!!)
モヤは真城の心臓部へ目掛けて真っ直ぐに進んでくる。
真城はそのモヤにタイミングを合わせると、そのままモヤへ向かって右手を叩き付けるが如く降り下ろす。
バチン!! という叩き音が木霊する。
「……な、……に?」
原田の驚愕した声がとどく。
起こった現象を説明するのなら、原田が真城へと放った黒いモヤを真城が右手で叩き、右手の触れた黒いモヤが霧散して消えた。
……というもの。
見れば、真城へと伸ばされた黒いモヤは触れた箇所が完全に霧散。
その後も霧散した箇所から徐々に広がり、導火線を伝う火の如く、原田の伸ばした黒いモヤが消失していく。
……どうやら真城は賭けに勝ったらしい。
「いったい何が……? お前は俺の影に触れねぇはず……っ!!」
まぁ、実際はそうなんだろう。
しかし、真城にはある考えがあったのだ。
その考えに行き付くまでに浮かんだ疑問点。
まず真城が考えたのは、黒いモヤに対抗するにはどうすればいいのか? という点だ。
真城は先の体験で、黒いモヤに触れることが出来ないのは経験済みである。
一度原田のモヤに拘束された真城は、モヤに対して触れることも払うことも出来なかった。
しかし、その後に起こった出来事。
モヤに拘束された真城を助けてくれた男が見せた事象。
彼は原田の放った黒いモヤに対して鉄パイプで応戦してみせた。
真城の見る限り、鉄パイプ自体に変わった点は無く、モヤ自身が鉄パイプ、或いは鉄を弱点にしているとも考えづらい。
ならば答えは簡単で、モヤに対し抵抗しうる“力”を持っているのは鉄パイプではなく、それを扱う彼自身にあったと推測できる。
その“力”が何であるのかは分からない。
しかしそれが原田、影に対して優位に働くことは確かだろう。
影に対し優位に働く“力”。
そんなもの、すこし前の真城であれば『馬鹿らしい』の一言で終らせていたであろう“ソレ”は、なんの因果か真城の手にも存在する。
灰色の燕尾服を着た男から手に入れた“力”だ。
燕尾服の男曰く、この“力”は“影に取り込まれた肉体を分離する”ものらしい。
しかし、本当にそれだけの“力”なのだろうか?
それ“しか”できないものなのだろうか?
その答えはこの“力”が見せてくれた。
ついさっきの出来事……、真城が走馬灯を見る前だ。
真城は原田の“影縫い”によって捕縛され、逃げることは疎か抵抗することも出来ない状態となった。
真城は足掻くように“力”を振り絞り、辺りを眩しく照らすことで原田の接近を許さないようにした。……その時だ。
あの時は必死で気付くのに遅れたが、あの時放出した“力”は真城を捕縛していた“影縫い”の効力を完全に打ち消していた。
そこから閃いた妙案。仮説。
この“力”は結果的に“影に取り込まれた肉体を分離する”事が可能なのであり、その本質、根本的な“力”の正体は“影を霧散させ、消失させる”あるいは“無効化する”ものなのではなかろうか……と。
仮説が立ったのなら後は実行するのみである。
実際のところ、原田が放った攻撃の矛先は真城の心臓部を定めており、この賭けに勝てなければ今頃はあの世におさらばしていたところ……。
しかし、研ぎ澄まされた思考、言わば第六感ともいうべき直感が、真城の立てた仮説が真実であると訴えかけていた。
ならば疑う理由がどこにある。
そして結果は見ての通り。
内心でホッと安堵すると同時に確信する。
……原田に勝てる。
……原田を助けることが出来る、と。
未だに状況を理解できていない原田の顔が引きつる。
その表情からは焦りの色が見て取れる。
「いったい何が……」
苦虫を噛み潰したような苦悶の表情になりながらも左手を前に構えると、ナイフ状の黒いモヤを飛ばす。
「起こってるんだよ……っ!!」
追撃とばかりに右手も構えてモヤを飛ばす。
しかし……。
狙いは分かっている。
モヤの速度、軌道、そのすべてが分かる。見えている。
真城は右手に“力”を込めるとタイミングを見計らい、原田の放った一撃目に叩き落とす。
バチン!! と音が響き、“力”を乗せた一撃を受けたモヤが霧散する。
その後、一度振り切った右手を先ほどとは逆の軌道に動かすと、往復ビンタの様に手の甲を使った裏拳を決めると、続く二撃目を打ち払う。
再び、バチン!! という音が響き、二撃目のモヤも霧散する。
「……なっ、……にっ!?」
もうその攻撃は真城には効かない。
真城は原田に向かって一歩前に進む。
「……っ!」
ジリッ。
真城の行動を見て取った原田が一歩後ろへ後ずさる。
それを好機と見るや真城はそのまま、一歩、また一歩と原田へ迫る。
覚束ない足取り。
だが着実に、確実に前へと進む真城。
「く、来るんじゃねェ!!」
原田は咄嗟に両手を前に突出すと、黒いモヤを纏わせる。
真城に黒いモヤを打ち破られ、状況が理解出来ぬまま、接近を許してしまっている現状。
余程の焦り様が伺える。
内心穏やかではいられまい。
原田が両手の黒いモヤを飛ばす。
しかし見慣れた攻撃だ。
排水の陣故によって研ぎ澄まされた感覚、動体視力によって、まるでスローモーションのように映る視界の中、真城は相手の思惑を看破する。
真城に向けられた二つの攻撃。
その矛先はそれぞれ異なる。
一つは真城の肉体を、もう一つは真城の衣服の影を狙って撃ち出されたものだ。
先程とは違い、同時に放たれた黒いモヤに対しこちらは右手一つで対処せざるを得ない。
とはいっても、今の真城からすれば簡単な話。
真城は、肉体へ向かって飛んでくる黒いモヤを最小限の動きで躱し、同時に衣服の影へと狙いを定める黒いモヤを“力”の込めた右手で霧散させる。
原田への歩みも止めることはない。
原田の狙いは“影縫い”を決める事だったのだろう。
未だ歩みを止めることなく原田へと迫る真城を止める為、或いは反撃、撤退の為か。
真城としてもあまり“影縫い”を決められたくはない。
それを無力化できる“力”があるとはいえ、“影縫い”の対処にはある程度“力”を放出しなければならない。
今の真城であっても体全体を包むだけの光の放出にどれ程の時間を必要とするだろう。
例えそれが一分とかからないものであったとして、一瞬ではない。
必ず隙となるはずだ。
そしてその隙は原田に対して反撃、または撤退のチャンスを与えるのと同義。
それだけは避けなければならない。
原田に少しの余裕も戻させない。
反撃の機会、思考する時間さえも与えない。
それはこの戦いに勝つために必要不可欠だ。
「こ、この死に損ないの分際でっ!!」
焦りが限界を迎えたのだろう。
両手を更に黒く染めるモヤを絶えず射出する原田。
それを叩き無効化、または最小限の動作で躱す真城。
原田の伸ばし、射出しているモヤは、片手から同時に何本も飛ばす事が出来ないのか、真城が躱したと見るや、その形を霧散させて次のモヤを飛ばす。
或いは、真城の“力”で霧散すると同時に次のモヤを飛ばす動作を繰り返す。
一本一本の黒いモヤは一度飛ばすと途中で軌道を変えるのが難しいらしい。
真城や足元の影に向け、微妙な軌道修正が入ることもあれど大した問題にはならない。
真城に躱されると同時に次のモヤに切り替えるのも、それが証拠だろう。
伸ばしたモヤを縦横無尽に操作することが出来るのであれば、一度真城が避けたところでUターンさせ、背後から狙い打てばいいだけの話だ。
危機的状況が生んだ集中力、動体視力に思考力。
その奇跡のような状態が、原田の動作から得たわずかな情報を基に、モヤの欠点を看破したことに内心で苦笑いをする。
原田と戦い始めた時とはえらい違いである。
始めのうちは原田の動きを読む事に精一杯で、原田が何かを仕掛けてくる度に咄嗟の対処が求められていた。
しかし今は違う。
原田の攻撃に対し、適切な対応をしつつ反撃に思考を回す事も出来る。
相手の動作から欠点を見抜くおまけ付きだ。
「このっ……!! このっ……!!」
無駄と分かりつつも尚、攻撃の手を緩めない原田。
その顔には疲労の色が浮かび、荒く肩で息をする。
以前より体を覆い尽くしていた黒いモヤは影を潜め、色濃く纏っていた両手のモヤもその色を薄めている。
真城への攻撃も次第に弱まっていき、ついには両手を前へと突き出したまま攻撃が停止する。
コツンと、真城の前進から逃れるように後ずさっていた原田の踵が壁を打つ。
驚いて振り向いた原田は自身の後ろが壁である事に気付くと表情を強張らせた。
行き止まりだ。
正確に言えば、丁字路の交差点の壁に突き当たった形である。
「あ、ああ……」
呻くような声が聞こえた。
次の瞬間。
その時が来た。
原田が真城に目掛けて駆けてくる……、その時が。
「ああああああああああああ!!!!!!」
雄叫びをあげて突っ込んでくる原田。
まだ左右の道のどちらかへ逃げる選択もあったかもしれない。
しかしそれを忘れるほどの感情。
それは絶対的優位が崩されて、プライドを踏みにじられた怒りなのか。
はたまた、自身へと迫る理解不能の恐怖がそうさせたのか。
それは原田にも分からない。
悪手であるという思考さえも、既に原田は理解出来ていないのだから。
待ちに待った最高の悪手を前に、真城は口元を歪める。
大きく振りかぶり、体重を乗せた原田の一撃を軽く躱すと、尚も前へと迫る原田の顔面へ向けて右の拳を殴りつける。
こちらが勢いをつけて振り下ろさずとも、拳を前へと突きだすだけで後は原田自身が飛び込んで来てくれる。
カウンター。
そのまま、後ろへよろめく原田の懐へと踏み込むと、右手を胸元へと押し当て掌打を叩き込む。
完全にバランスを崩した原田は尻餅を付き、後転して止まる。
うめき声をあげる原田は何が起きたのか分からない様子だ。
まさか真城からカウンターを決められる、あるいは拳を躱されるなど微塵も考えなかったのだろうに。
「貴、様……っ!!」
真城へと向けられた瞳からは怒りの感情が見て取れる。
真城の集中力と動体視力は健在だ。
原田の踏み込む足の動きから体重移動、降り下ろされる拳から狙う位置まで丸分かり。
タイミングを合わせて放ったカウンターに加え、咄嗟に思い至った掌打まで、全てそれのおかげである。
「このっ……!!」
ダンッ!! と、怒りのままに地面へと右手を叩き付けると、その勢いに乗って立ち上がる原田。
殺す。
そんな意志を強く感じさせる瞳は、真城を捕えて離さない。
更に大きく雄叫びをあげると拳を振りかぶり真城へと迫る。
既に原田は黒いモヤを纏えていない。
先ほどの攻撃でその力を使い果たしたのかもしれない。
少なくともこの戦いで黒いモヤを使う事は出来ないのだろう。
無論、警戒を怠ることは無いのだが。
そんな原田を見て、一番初めの真城と原田の邂逅を思い出す。
あの時は何の力も持たなかった真城が、殴る以外の攻撃手段を行使出来ず、ただがむしゃらに向かっていくことしか出来なかった。
そういえば、その時に真城はカウンターを受けて吹っ飛ばされた気がする。
奇しくもあの時と同じような状況になったわけだ。
真城と原田の立場があべこべとなっている以外は。
迫る拳。
それを真城は、あっさりと躱すと、突きだした原田の腕を両手で掴む。
(そういえば、こんな事もされたっけな)
そのまま体を反転させると、原田を背中に担ぎ込み、勢いを利用する形で背負い投げを決める。
ドスンッ!! という鈍い音を響かせ、背中から勢い良く叩きつけられた原田は苦痛で顔を歪ませた。
しかしそれだけには止まらず、逃れようとする原田の体をうつ伏せにすると、そのまま掴んだ腕を後ろ手にして捻り上げる。
さらに、ダメ押しとばかりに真城も原田の背中に馬乗りとなって逃がさないように固定する。
原田に勝利する為の条件。
それは、原田を救い出すだけの光、“力”に集中する為の時間を確保すること。
想いの力さえあれば光はより強く、大きくなるが、どうしても時間が掛かってしまう。
かといって、初めから光を強く放出すれば原田は警戒し、近づいてこない。
その上、“力”を当てさえすれば原田を救えるというわけでもなく、“力”を当て続けなければならないという点も考慮する必要がある。
何よりこの光は原田にとって激痛を伴うようで、一時当てる事が出来たとしてもすぐに効果範囲外へと逃げられてしまうと意味が無い。
つまりは、原田を拘束し、動きを封じた後でじっくりと光を当て続ければならない……と。
これだけすれば十分だ。
真城は右手に“力”を込める。
ありったけの想いを乗せて。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「ぐあああああああああああああああああああああああああああ」
眩い光が薄暗い路地裏を照らす。
原田の悲鳴。
原田は光から逃れようと必死に暴れるが、真城がそれを許さない。
これで終わりだ。
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