第12話:村正、審判をする
こうして突然決まった朝餉と試合は、トウカの屋敷内にある道場で行われることとなった。
用意された朝餉が、電光石火で平らげられる。ここでも既に二人の間では勝負が行われていたのだと、後で知った。
そんな忙しなかった朝餉も終えて――場所を変わって道場では今、トウカと杏二郎が対峙している。
これは仕合なので殺し合いではない。
どちらか一方が負けを認めた時点で勝敗は決する。
村正は、その審判役を務めることとなった。
「それじゃあ準備はいいな?」
「いつでも」
「無論にござる!」
「それじゃあ――はじめっ!」
村正の合図と共に両者が動いた。
先の先を取ったのは、杏二郎であった。持ち前の技術を駆使してトウカに鋭い突きを連続して繰り出す。
「うおおぉぉぉぉぉぉっ‼」
突いてから引く……杏二郎のそれはとてつもなく
対して、トウカは如何にしてこの刺突の豪雨を凌ぐか。
「……ッ!」
飛んでくる刺突を見切り、避け、時に防ぎ――すべてを避けきってみせた。
(あの技を初見で見切ったか……!)
これには村正も思わず感嘆の息をもらしてしまった。
相手の技を初見で見切るのは至難の業であるのは、言うまでもない。予め予備知識があったならばともかく、公平さを出すために村正はトウカには一切情報を与えていない。
村正の時でさえ、彼はその身に二度杏二郎の槍を受けている。
トウカの実力を垣間見た驚愕は、杏二郎の方が村正よりもずっと大きいのは言うまでもない。
「なんと! 某の槍をまさかすべて避けるとは……只者ではござらんな!」
「貴様も驚いたぞ。ここまで槍を巧みに操れる武士は早々にいない。私が知る中でも貴様の実力はトップクラスに部類される」
「とと、“とっぷくらす”?」
「……特級という意味合いだ!」
トウカが床を蹴り上げる。今度は彼女の方から仕掛けた。
疾走、あるいは飛翔に近しい走法はまたしても村正に感嘆の息をもらさせる。
全身を低く、もはやうつ伏せに寝るような姿勢と言っても大差ない。明らかに走るに適していない姿勢であるが、トウカの速度は衰えない。初速にして最高速度に達していた。
「なんという速さ! そして動き! まるで獣の如き走法……!」
「ふっ!」
瞬く間に間合いを詰めたトウカは杏二郎に木刀を見舞う。
槍の欠点である懐に敵手を招いてしまった杏二郎は、この状況に不敵な笑みをもって応えた。楽しくて楽しくてたまらない、あれはそんな顔をしている。村正はここで腰に携えていた太刀の柄をそっと触れた。
(嫌な予感がする……)
村正は主に杏二郎の動きに注視した。
「これで、終わりだ!」
「甘い!」
トウカによる、逆手からの
槍の穂先だけが武器ではない。柄も立派な武器となる。くるりと巧みに槍が回されれば、トウカの攻撃を防いだだけでなく打撃技にも変化する。
斬と打、二種による変幻自在の戦法を杏二郎はもっとも得意としている。
「くぅ……!」
「お見事なり! 某の槍を捌ききっただけでなく、まさか間合いを詰めて一太刀を浴びせてこようとは……村正殿だけかと思っていたが、貴殿も相当な腕前!」
「……貴様の実力はわかった。この仕合は私の負けだ」
「なんと! まだ決着はついておりませぬぞ!」
木刀を納めたトウカに、杏二郎が不服を申し立てる。
しかし、どれだけ杏二郎が言おうと彼女が取り入れることはなかった。トウカにはもう、戦おうという意思がなかった。
「貴様この仕合の目的を忘れていないか? 私は貴様の実力をただ見たかったんだ。そして、その目的は十分すぎるほどに果たせた――改めてその力、どうか私に貸してほしい」
「し、しかし!」
「はいはい、そこまでそこまで」
未だ食い下がる杏二郎を、村正は制した。
(トウカから手を引いてくれてよかった……)
今回の仕合で、村正はそう思わずにはいられなかった。もしも、あのまま戦いが続けられていたならば、確実にどちらかは死していた。
トウカの判断は極めて正しい。彼女もひょっとすると、杏二郎から危険を察したのやもしれぬ。
ともあれ、危惧していたものが杞憂に終わり、村正は安堵の息をもらさずにはいられなかった。
「さてと、それじゃあ俺は俺で、また作業に戻るとするか――明後日までにはきっちりと仕上げておいてやるよ」
「おぉ! では、ついに某の槍を打ってくだると! あ、ありがたき幸せにござる!」
「言っておくが、龍を穿てる……なんてのは作らないからな?」
「……え?」
「いやお前さん……なんで打ってもらえるってそこで思えるんだ?」
「そ、そんな……!」
がくりと両膝から崩れ落ちる杏二郎。この世の終わりが訪れたかの如く悲惨な
村正は大きな溜息をもらした。
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