第6話:村正、挑戦する

 町を出て少し離れた場所。

 竹林が生い茂る中にそれはあった。


「貴様どういうつもりだ! この我に嘘を吐き、あのような鈍刀ナマクラを寄こしたのは何故だ⁉」

「落ち着くのだ爺よ!」

「す、すまない……すまない……」


 鍛冶場へと入る前から怒号が響き渡ってくる。

 既にオボロによる尋問が始まっているらしい。

 急いで村正が中へと駆け付けると、オボロが一人の老人の胸倉を掴み上げている。

 怒りと悲しみに打ち震わせた拳がいつ振るわれてもおかしくはない。

 鬼の形相を浮かべている彼を、理性が辛うじて引き留めているといった具合に、トウカの説得にも熱が入っている。


「ム、ムラマサ⁉ どうしてここへきた⁉」

「いやちょっと気になってな。そっちの爺さんが例の鍛冶師だな?」

「小僧少し黙っておれ。我は今からこの阿呆を殴り飛ばさなければならん」

「それはしっかりと理由を尋ねた上で、か?」

「何……?」

「確かにあんな鈍刀ナマクラをあたかも真打であるかのように語って打ったのは許されないだろう。だけどどうしてそんなことをする必要があったのかが俺は知りたい」

「……お、お主は?」

「俺も鍛冶師なんだ。だからお前さんが打った刀からは少なくとも金儲けとか、そういう理由でやったんじゃないってことだけはわかった」

「そ、そんなことまでわかるのかムラマサは」

「なんとなく、だけどな。俺が武器庫に入った時から、あそこにある刀にはどれもこれも罪悪感や後悔の念がひしめいていた――よかったら教えてくれないか?」

「…………」


 そこまで村正が言うと、老人の目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。やがてぽつり、ぽつりと謝罪が述べられる。


「すまない……すまない……」

「……友よ、いったい何があったというのだ」


 親友の弱々しい姿を前に、オボロもやがてゆっくりと彼の胸倉を離した。鬼の形相はもう浮かんでいない。

 憐れみを浮かべた顔と、紡がれる言葉はとても優しかった。


「実は……ワシの家族が人質に捕られてしまったんじゃ」

「人質だと⁉」

「奴らめ……ワシの刀が売れると知って、莫大な身代金を要求してきおった。その額がオボロよ、先日貴様に請求した額じゃ」

「なんと……それでここには友一人しかいなかったのか」

「約束の金額をワシは奴らに渡した。じゃが奴らめ、更に倍額を要求してきおったんじゃ! このことを誰かに話せば容赦なく殺すとも脅されて、ワシにはどうすることもできんかった……」

「そうだったのか……すまない友よ。辛い思いをしていたとは知らずに、我は……」

「んで、どうするよ。このまま粗悪品を売り続けて金を稼ぐわけにもいかないし、かと言って少しでも滞納すれば人質がお陀仏だ。考えたくもないが、最悪人質は……って可能性もないわけじゃない。一刻も早い解決が必要だろう」

「ムラマサの言う通りだ。貴殿の家族を捕えていった者達はどこにいる?」

「ここから東に進んだ場所にある、伊吹山に……」

「よしっ、ではすぐに攻め入るとしよう。爺よ、すぐに兵を集めておいてくれ」

「ははっ!」

「ムラマサは屋敷で待っていてほしい。貴様は客人だ、客人に危険な目に遭わすわけにもいかないからな」

「了解っと」

「ま、待ってくれ! そいつは無理なんだ!」


 人質救出作戦に向けて、急激に準備が進められていく。

 そこに突然、待ったの声が掛かった。

 制止したのは、なんと鍛冶師本人である。

 誰よりも家族を救ってほしいと思っているはずが引き留めたのだから、トウカとオボロも困惑している。


「何故だ友よ! 貴様とてトウカ様のお力は知っておるはず。たかが人攫い如きにトウカ様が敗れるはずがなかろう!」

「相手は鬼なんだ! それもあの酒呑童子なんだよ!」

「はぁ⁉」


 予想外と言えば、まさにそのとおりである。

 とんでもない大物の存在が彼の口より飛び出した。

 その名を聞いて知らぬ者はまずおるまい。そして鍛冶師が何故二人を引き留めたのかも村正は納得してしまった。

 酒呑童子しゅてんどうじ――かの源頼光みなもとのらいこうとその四天王によって討伐された、鬼の頂点に君臨せしもの。獰猛さや圧倒的強さから日本三大妖怪の一柱として数えられている。


「まさか……そのような怪物が相手であったとは」

「鬼と言えば、この国において龍に匹敵する力を持つ種族。ましてや酒吞童子はその頂点に立つ存在だ。我々だけでは、まず太刀打ちできる相手ではない……」

(おいおい、この世界にはそんなとんでもない奴らまでいるのかよ……)


 村正はふと、己の口元が緩んでいることに気付いた。

 そして理解する。


(あぁ、そうか……俺は嬉しいんだ)


 伝説の存在でさえも、この世界では同じ時を生きている。

 村正はそのことが嬉しくて仕方がない。これは好機であるとすら思っている。

 伝説の鬼に、自分の打つ刀が通用するか否か。天下五剣であるかの名刀――|童子切安綱(どうじぎりやすつな)をも越えられる刀を打てるか否か。

 客人としてゆっくりしている暇もなくなった。

 村正は自らも協力を申し出ることにした。


「酒吞童子ともしも戦うのだとしたら、今手元にある刀ではまず太刀打ちできますまい」

「だが、それ以上の刀を打つとなるとワシじゃ無理だ」

「刀……そうだ! ムラマサ」

「ん?」

「恥であるのは重々理解しているが、どうか貴様のその刀を譲ってはくれないか?」

「俺の刀?」

「そうだ。少し、抜いてみせてくれないか?」

「まぁ、いいぞ」


 トウカに言われて、村正は腰の刀をゆっくりと抜く。

 露わになった白刃に、オボロがおぉと声を上げた。鍛冶師に至ってた目を丸くして凝視している。


「な、なんという美しさと力強さ! これほどの刀……未だかつて目にしたことがありませんぞ!」

「こ、このようなことが……! お主は人間、ではないのか?」

「いや人間だぞ、普通にな」

「よもや人の手でこれほどの業物が生み出せるとは……」


 ひたすら二人から称賛の声が上げられて、その度に村正は赤らめた頬を掻く。

 やはり、何度も褒められるのは慣れない。


「ムラマサの刀であれば、きっと酒吞童子にも届くはず。だからムラマサ、どうかその刀を譲ってほしい……!」

「う~ん……」

「もちろんタダとは言わない。それ相応の金額を支払うつもりだ!」

「いや、金の問題じゃなくてだな――すまないけど、こいつは手放したくないんだ」


 そう言って、村正は愛おしそうに太刀を見下ろす。

 日本刀であれば材料と場所さえあればいくらでも作れる――確かにそうだ。

 手間暇をかけて、長い時間を掛ければ既存の名刀にさえも負けない名刀が打てる――これもそうだ。

 それでも手放せない理由が村正にはあった。

 例え山のような資金を積まれようとも、何度刺客がやってこようとも、是が非でも守り抜く覚悟が村正にはある。


「悪いな」

「……いや、私の方こそすまなかった。無茶にも程があるとは理解していた……」

「だから、代わりに俺が打ってやるよ」

「え?」

「おいお前さん。次に酒吞童子が金を回収してくるのはいつだ?」

「えっと……後一週間ほどじゃろうか」

「一週間後か……ちとキツいが、なんとかなるだろう。その一週間で俺ができる限りいいのを打ってやるよ。材料と場所さえ貸してくれるなら、今回限り代金はチャラにしといてやる」

「ほ、本当か⁉」

「男に二言はないってな。こんな機会、早々にないからな……腕がなる」


 不敵な笑みをもって、村正は答えた。 

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