第5話:村正、告げる

 豪華な食事を堪能した後に、村正が次に向かったのはこの屋敷の武器庫であった。

 鍛冶師として、異世界での刀がどのようになっているのかが気になったのである。


「ふむ……見たところ、普通な感じはするけどな」


 武器庫で眠らされていた刀は、どれもこれもが至って普通な代物ばかり。

 名刀と呼べるに相応しい物は一切なく、生産性に特化した数打かずうちばかりには村正も落胆の感情いろを隠せない。

 もっと他に、心を揺れ動かすほどのものないのか、と物色をしばらく続けていると――閉じられていた扉が独りでに開いた。


「そこで何をしておるのだ小僧」

「あぁ、爺さんか」

「爺さんではない。ワシにはオボロという歴とした名前がある」

「じゃあオボロさん。ちょっと刀を見せてもらってたんだ」

「刀を? そうか、小僧は鍛冶師をしているのだったな――それでどうだ? どれもこれもなかなかの一品だろう? 名のある鍛冶師に打ってもらった代物ばかりだ」

「これが? 粗悪品ばっかりじゃないか」

「なんだと?」

「手に取ったらすぐにわかるぞこんなもの」

「ここにある刀がすべてナマクラであるだと?」

「俺から言わせりゃな。量産目的で打たれたなら妥当ってところだけども」


 どうやら粗悪品を掴まされてしまったらしい。

 刀の良し悪しを見極めるには、実際に斬ってみなければわからない。

 ここにあるのはその試し斬りが行われずに世に出されてしまったとみて違いない。

 その点村正は、刀に触れただけで違いがわかる。

 具体的な証拠がある、というよりかは己の勘だ。

 長年数多くの刀と出会い、触れてきたからこそ掴み取れるようになった感覚。今回もその感覚から鈍刀ナマクラであると判断を下した。


「小僧よ、いい加減なことを抜かすようであれば容赦はせんぞ?」

「と、言うと?」

「ここにある刀はワシがもっとも信頼できる男が打ったもの。我が共を侮辱するような真似はするな」

「なるほど……じゃあ聞くが、ここにある刀はすべて試し斬りをしたか?」

「何?」

「ちょっと一本借りるぞ」

「あ、おい小僧!」


 武器庫から刀を一本拝借して、村正はその場を後にする。

 その足取りで向かったのは屋敷の中庭だった。

 手頃な木の前に立つ。今から試し斬りをするのにはちょうどよい太さと大きさだ。

 村正が静かに抜刀を終えた頃、老将――オボロと、トウカもやってきた。

 慌ただしく追い掛けていたオボロと、刀を手にしている村正に強い関心を持ったのである。


「あ、トウカ様!」

「爺、いったいどうしたのですか? それに、ムラマサは何をしようとしているのですか?」

「そ、それは爺にも。しかしあの小僧、我が親友が打った刀を|鈍刀(ナマクラ)と貶したのです……! 到底許されることではございません!」

「まぁ……」


 彼らの会話を他所に、村正はゆっくりと刀を構える。

 片手上段――村正の客の一人であった剣術家の言葉を借りるならば、雲曜うんようの型という。

 その構えから村正は一気に刀を振り下ろした。

 鋭くもどこか鈍さを孕んだ風切音の後に、斬、と音が奏でられる。


「まぁこうなるわな」


 刀は木の中程まで達したところで折れた。

 刀の強度が追い付かなかった証拠である。

 遠くに飛ばされた、折れた半身を見やるオボロの顔は困惑と驚愕の感情いろがごちゃごちゃに混ざり合ってような、見ていて気まずくなる表情かおをが浮かべられていた。


「これでわかっただろ? あんたの親友がどの程度のもんなのかは知らんが、真に名刀であったならこの程度のことじゃまず折れたりなんかしない」

「…………」

「それにこの断面図を見れば一目瞭然、折り返し鍛錬がきちんとできてない証拠だ。これじゃあいざ実戦となった時に役に立たんよ」

「ば、ばかな……」

「……気持ちはわかるが、これが事実だ」


 オボロはがくりとその場で膝を着いた。

 親友に裏切られたのも同等だから無理もない。

 信頼していたからこそ、何の疑いも抱かなかった。

 程なくして、オボロがゆらりと立ち上がった。その顔には未だ絶望が消え失せてはないが、瞳の奥には強い意志たるものを秘めているように、村正の目には映った。


「すいませんトウカ様。爺はこれより少し出てまいります」

「どこへ……」

「我が親友の……あの者の所へ行って参ります」

「あ、爺……!」


 それだけ告げると、オボロは足早に去って行ってしまった。


「ムラマサ、私は少し離れる! 貴様はしばしの間屋敷でくつろいでいてくれ!」

「あ、あぁ……」


 トウカもまた、それに伴うように足早に去っていく。

 今のトウカは女性ではなく、侍としての顔を浮かべている。彼女がこれから何を成さんとしているかを、あえて本人の口から聞き出すこともあるまい。

 トウカの行き先は一つしかない。


「……やれやれ」


 一呼吸の間の後、村正も屋敷を後にする。

 行き先など知れている。あの二人……厳密に言うなれば件の鍛冶師の元である。

 こうなってしまったのは自分に責がある、とは更々考えていない。

 純然たる事実を告げたまで。

 紛れもない事実を歪ませる義理も必要もない。

 遅かれ早かれ、いつかはわかることだったろう。誰かが犠牲になる前に発覚して、寧ろよかったといっても過言ではない。

 だから村正の心中に罪悪感が芽生えることはない。

 あるのは、鍛冶師に対する強い好奇心のみ。

 何故あのような鈍刀ナマクラを渡したのかが気になる。

 何せあの刀にはすべて、製作者の強い自責の念が込められていたのだから。

 村正は手に触れるだけで、なんとなくながらではあるものの刀に込められた想いを読み取ることができる。

 いったい何があった。いったい何に苦しんでいる。村正にはどうしてもそれがわからない。

 だから直接本人に確かめにいくのだ。


「悪い、あの二人って何処に行ったかわかるか?」

「あぁ、それなら――」


 侍女からの情報を頼りに村正はエルフの町を駆ける。

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