第3話:村正、驚く
町について開口一番、村正は驚愕の声を上げた。
「な、な、なんじゃこりゃー⁉」
目の前にはとても大きな町が広がっている。
都ぐらいの規模があろう。思わず立ち眩みしてしまいそうなほどの人で溢れている。
活気に満ちた町並みはさながら祭のように騒がしい――と、ここまでならば別段おかしな点はない。
驚いた様子の村正に、行き交う人々は怪訝な眼差しで彼を見ている。
その人々にこそ、驚愕に値する理由があった。
「どどど、どうなってやがるんだこれは……トウカみたいなのがいっぱいいる!」
「何をそんなに驚いているのだ」
「いやいやいや! 驚くなって方が無理だろう普通に考えて! 皆耳が尖ってるぞ!」
村正が指摘する町の人々の耳は、トウカのように先端にかけて鋭利になっている。
付け加えて、子供も含めて全員が美男美女ばかりだ。老将以外の老人が一人もいないのも気になる。
しかし、いくら村正が驚こうともトウカを含む面々は眉をしかめるばかり。
「さっきからどうしたと言うのだ。そんなにも耳が尖っていることが……エルフが珍しいのか?」
「え、えるふぅ……?」
聞いたことのない言葉に、村正は間の抜けた声で繰り返し尋ねた。
やはり知らない。
村正は先程から記憶という記憶を片っ端から検索しているが、該当する情報は一つとして出てこなかった。
彼が今まで相手をしてきた顧客は様々で、遠路はるばる東北から村正の刀欲しさに尋ねにやってきた者もいるぐらいだ。
基本鍛冶場にこもっている村正よりも、彼らの方がずっと世の事情に詳しい。
エルフなる美しい種族がいたなら、絶対に喧伝されるはずだ。
困惑している村正を他所に、老将がトウカにそっと耳を打ちをする。
「トウカ様、あの者……どうやらかなりの田舎の出てあるみたいですぞ」
「爺よ、そういうことはわかっていても口に出すものではない。我らを含め生き方は十人十色だ。だがどのような道をその者が歩もうとも、第三者が嘲笑うことも蔑視することもしてはならん」
「ははぁっ!」
「いやめちゃくちゃ聞こえてるからな?」
もはや嫌がらせとしか思えない声量である。
耳打ちなのが余計に村正にそう感じさせた。
面と向かって言えばよいものを、と内心で苛立ちを募らせていた村正だったが、すぐに思考は切り替えられた。
彼らのやり取り云々よりも、解決すべき課題が山のようにある。
「いや俺を置いていかないでくれ! えるふってなんなんだ? てかここはどこなんだ? あの帰らずの森を抜けた先にこんな町があるなんて聞いたこともないぞ!」
「何? ……爺よ。もしかしてこの者は……」
「えぇ、先の言動から察するにこの爺も薄々そうではないかと考えておりました」
「いやだから。ひそひそ話してるつもりだろうけど丸き声だからな⁉ なんなんだいったい!」
「落ち着け若造。まずはトウカ様の治療が先だ――トウカ様、こちらへ」
「あぁ、すまないな爺よ――ムラマサ、だったな。貴様も一緒についてきてくれ。この先に私の屋敷がある」
「あ、おい……!」
「いいからこい! まったく……礼儀のなっておらんやつよ」
老将に促されるようにして、村正は渋々とトウカらの後についていく。
「……いやでかすぎだろ」
「ここが私の屋敷だ」
案内された先には、トウカの屋敷がどんと待ち構えていた。
とてつもなく大きい。これだけで彼女が名のある家の出であることを思い知らされた。
案内されるがままに中へと入れば、大人数の侍女が村正を出迎える。
やはり侍女らもエルフである。日本人離れしている美しさを着物が引き立てていて、絶世の美女しかいない。
「では、こちらの部屋でしばしお待ちを」
「あ、あぁ……」
「落ち着かんか馬鹿者」
「いやそうは言ってもだな……何分、俺は刀しか打ってこなかったから、こういう場所にくるのは初めてなんだ。どうも落ち着けなくてね」
トウカの治療が終わるまでの間として、あの老将が話し相手を務めてくれるらしい。
ちょうどいい。村正は老将に話しかける。先の話の続きは、トウカでなくとも彼にだって務まる。
村正が口を開く――よりも先に、老将の方から声を掛けられた。
「そういえば貴様……あの森にいたが何をしていたのだ? その恰好、見るからに何かか逃げてきたように見受けられるが……」
「……近くで戦があったんだ。そんで不運なことに巻き込まれてしまったってわけ。とりあえず安全な場所に移動しようとして、そこであの森を選んだ」
「なるほど……しかし、戦だと? あの森の近くではそのようなことは起きていなかったはずだが?」
「はぁ?」
村正は老将の正気を疑ってしまう。
「そんな訳がないだろう。あの規模だぞ?」
戦火の規模は、村正の予想よりもずっと大きかった。
気付かない程度の小争いだったならば、こうして村正が家なき人とならずにも済んでいよう。
あの戦はとても大きなものだった。
帰らずの森に逃げ込んだ時でさえも、村正の耳にはまだ戦の声が届いていた。
それを、トウカは知らないと平然と答えた。それがとても信じられない。
以前にその傷も戦に巻き込まれたからではないのか。
オークの存在を、村正は今回の戦争を始めたどちらかが用意したものではないかと推測を立てていた。
「トウカだって、あの戦でやられたんじゃないのか? さっきの、あの……オークだったか? あれもどっちかのお国さんが用いた外法の類かなんかだろ?」
「少し待て。先程から貴様が言っていることがどうも理解できん。オークが人間が作ったものとでも言っているかのように我には聞こえるぞ」
「本当にそうなのかは俺だって知らんさ。でも、可能性の域としてあるんじゃないか程度には思ってる」
「……なるほど。先の発言やトウカ様に対する態度。もしやとは思っていたが……ううむ」
「お、おいなんだよ急に」
「……小僧。まず結論から教えてやる。小僧の知る世界と我々がいるこの世界は異なる存在だ」
「……は?」
「言っている意味がわからない……そんな顔だな」
「いや当たり前だろ」
老将の言葉の意味が村正は理解できなかった。
いや、意味だけで言えば理解できないわけではない。
彼の言葉をわかりやすく要約すれば、この老将は村正に違う世界に来ているぞ、と言っていることとなる。
それを鵜呑みにしてそうですか、とはならなかった。
すぐに村正は老将に問い質す。
「どういうことだ⁉ ここが違う世界だって……?」
「左様、ここは小僧の知る世界ではない。あの森は我々エルフ族の間では古来よりまれびとの森として言い伝えられておる。まれびと、とは異なる世界より来訪せし者の意。この国が危機に瀕した時、厄災を祓い世界を救わんとするために遣われし者……まれびと――それこそが小僧……貴様なのだ」
「そ、そんな馬鹿な話があって……!」
「信じ難い話だろうさ。だがすべて純然たる事実である。過去に我も小僧のような輩は見てきたことがある」
「…………」
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