一蓮托生
あきかん
第1話
腕に刺さった輸血用のチューブから君の血液が流れてくる。
あぁ、体の中へと流れてくる感覚がとても気持ちが良い。全身で君を感じる。そして、君の中に僕の血が入るのだ。
先ずは血液。それで体をならして次は何にしようか。手術台に固定された君の身体を眺める。どこもかしこも綺麗でいとおしい。頬を濡らす涙一粒さえも。
次は脚にしよう。健康的な流線形を描く君の左脚撫でる。そこには確かな弾力があり、軽く押すと反発し、水を弾くようなきめ細かい肌が手のひら伝わってくる。
ぎーこ、ぎーこ、ぎーこ…
手術用のノコギリで自分の脚を切るようにそれに命令した。それは、ぼくの願いなら何でも叶えてくれる。君をここへ連れて来たのも、ここを用意してくれたのも、全てそれのお陰だ。お陰、お陰様。まさにその言葉が示すかのように、影から生み出されたような全身が深い黒一色のそれは、慈愛に満ちた姿なのだろう。
ぎーこぎーこぎーこ…
あぁ、痛い痛い痛い痛い。流石に痛いや。それでも意識が飛ばないのはそれのお陰だ。はあはあ、と息も絶え絶え。でも大丈夫。次は君の番だ。ノコギリが彼女の太ももに触れる。肌が切れ血が溢れる。
ガタガタと君は震えるが安心して欲しい。意識は失わないから。そして、これは幸福へ至る過程だよ。
肉を切り裂き、骨へと到達したのだろう。ぎーこ!ぎーこ!、とノコギリの音がより大きくなる。
身体から離れた脚同士を交換する。無理やり神経を繋ぎ、肉を繋ぎ、肌を繋げる。固定された脚がつくまでにはもう少し時間を擁するだろう。
脚がついてから数週間が経過した。思うように脚は動かせない。まるで棒にでもなったかのような君の脚は、ぼくの脚と長さも違い、引きずるような動きになってしまう。古い言い方でびっこを引く感じだ。それがいとおしい。
私の脚ではないのだ。私の思い通りになるわけがない。それでこそ君の脚だ。
次は腕だな。利き腕にしよう。私の右腕を切る。脚と同じようにノコギリで切り落とす。それにしても痛い。食らいつくように歯を食い縛り耐える。そして、君の腕を切り落とす。手術台から流れ落ちた君の血とぼくの血が混ざりあって1つの川となる。その川を眺めて、あぁ綺麗だな、と妙な感傷に浸りながら君の右腕をぼくに付け、ぼくの右腕はきみに付けられた。
それは前回よりも技量をあげたのか、数日寝込んだ後には右腕が動くようになった。拳を握り、拳を開く。やはり違和感が凄い。自分の手とは違い繊細な動きはまだできない。小指を動かそうとしても薬指が動いたり、肘を曲げても90度までしかいかない。あぁ、良い。よい。このまるで自分の意思に抵抗するかのような違和感がこの右腕が君のものであると証明している。だから、これはとてもいとおしい事なのだ。1つの身体を君とぼくとで共有しているのだから、意思疎通が上手くいかないのは当然だ。むしろ、これがなければこんなことはしない。今後の目的も達成できない。
あぁ次は目にしよう。目だ。君がこの世界をどんな色で見ているのか共有しよう。それはとても素敵なことであろう。
ぼくは左目を取る。指をつっこんで眼球を掴み引き抜く。そして、君の目を取り出した。
2つの眼球をそれに渡して付け替える。視界が濁る。付け替えた左目は当然見えていないのだが、右目から見える景色も変化が訪れたのかと思った。右ほほに手をやると涙で濡れていた。あぁ、そうか。あまりの感動で泣いていたのか、ぼくは。1つ1つ君と身体を共有していくこの儀式も、ついにここまで来たのだと。少しずつ君と1つになれることを、ぼくは今やっと実感しているのだ。だからこそ、自然と涙が溢れてきたのか。
あぁ、素晴らしい。楽しみだ。この左目が写す世界はきっと美しい。君の目から見た世界が醜い訳がない。これで、やっとまともな世界を取り戻せる。左目の視界が甦ってきた。この左目に映る世界は黒く濁っており、靄がかかっていた。
次は何にしようか。内臓がよい。心臓、肝臓、肺に小腸大腸腎臓胃膵臓。どれにしようか。あぁ、迷う。できれば心臓がベストだ。君の血が流れるこの身体に君の心臓を入れる。それはとても素敵なことだと思う。あぁ、なんという歓喜。想像したダケデ感動でうち震える。心臓だ。心臓しかない。ぼくはそれに心臓を付け替えるように願った。
そして、それはぼくの心臓を抜き取る。腹を裂きそれの手?触手?とおぼしき何かが腹の中をかき回す。酷い苦痛と吐き気に苛まれる。それを気にもせず、それはぼくの心臓を取り出した。
それから君の心臓とぼくの心臓を付け替えた。らしい。そこは信じるしかない。それが君の心臓を取り出したところまでは覚えているのだが、そこでぼくの意識は途切れてしまった。
あれから数日がたった。息苦しい。君の心臓はぼくを蝕み拒絶する。それはそうだ。まだぼくと君は完全な同一人物とはなっていないのだから。今日は仕上げだ。脳を、右脳を交換しよう。君と意識を共有するにはそれしかない。
手術を始める前に、手術台で寝ている君に近づく。これから始まる素敵な人生を君と祝福するために。
「ずうっと一緒だよ。」
ぼくは君にそう囁いた。
一蓮托生 あきかん @Gomibako
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