6.MV撮影③

 今日は快晴で絶好の撮影日和。日差しが眩しいし暑すぎて体力的には厳しいけれど。


 昨日の夜は結局自分の部屋で寝た。やっぱりシングルベッドだと狭いし、疲れも取れないだろうから。


 個別シーンの撮影中、自分の番が終わり、パーカーと短パンを上から着て日陰で休憩していると凛花さんが隣に来てくれた。


「凛花さん、お疲れ様です。暑いですねー」

「ほんと。早く海に入りたいな」


 砂浜でのダンスシーンが撮り終われば海に入っての撮影になるからそれまでの我慢。


「陽葵が美月と目が合わないって嘆いてたよ?」

「……昨日陽葵さんにも言われました」


 まさか凛花さんからも言われるとは……撮影で指示された時はちゃんと見るようにしているけれど、それ以外では意図的に見ないようにしていた。


「陽葵は見すぎで分かりやすいし、美月は逆に避けすぎで分かりやすい。陽葵には注意したんだけど」

「え、そんなにですか?」

「私は知ってるから余計かもしれないけどね」


 陽葵さんからの視線は感じていたけれど、凛花さんから注意されていたのは知らなかった。そんなに見られてたと思うとちょっと恥ずかしい。


「早く撮影終わらないかな……」

「ま、頑張って。次私だから行くね」


 嘆く私を置いて撮影に向かっていった。わざわざ助言しに来てくれて有難いけれど、頑張れる気がしない。はー、つら。


「みつきたーん。ため息なんてついてどうしたの?」

「陽葵さん?!」


 後ろからぎゅっと抱きしめられて、顔だけで振り向くと水着の上からワンピースを着た陽葵ちゃんが不思議そうに見つめてきていた。え、可愛い。


「早く撮影終わらないかなー、と思いまして」

「そうだね。今日も全然見てくれないけどまだ慣れない?」

「慣れません。えっと、離れませんか?」

「やだ」


「あーーー!!」


 後ろから大声が聞こえたと思ったら、少し離れたところで休憩していた美南ちゃんが私たちを見て騒いでいた。美南ちゃんはブレないね……

 そんなに反応されると調子に乗る人が隣にいるからやめて欲しい。


「ほら、美南ちゃんも喜んでくれてるし。美月は嫌?」

「嫌じゃないですけど……」

「じゃあ問題なし!」


 本当に可愛すぎて辛いです……

 抱きつかれたままでいると、個別シーンの撮影が終わって、昼食の後に海に入っての撮影になるとスタッフさんから連絡があった。


「昨日は足だけだったし、やっと海に入れるね!」

「はしゃぎすぎて転ばないでくださいね?」

「私の事何歳だと思ってるの? もう大人なんですけど」


 膨れながら言う姿が子供っぽいんだよね。そんな所も可愛いけれど。


「お昼なんでしょうね?」

「あれ、バーベキューじゃない?!」


 遠目に準備をしてくれているスタッフさんたちが見えて、明らかにウキウキしながら歩いている陽葵ちゃんの横顔をチラ見していると目が合った。


「ん?」

「いや、嬉しそうだなと」


 ワンピースがすごく似合っていて可愛い。膝上丈ですらっとした足が目に入って、視線が下に行かないように自制するのに必死。一回見たらガン見しちゃいそう。

 裸も見た事あるのにって思われるかもしれないけど、素肌を見ると色々思い出しちゃうわけで。


「美月、何か顔赤くない?」

「え?!」


 陽葵ちゃんが立ち止まって、私の顔を覗き込んでくる。……近い。視線をさまよわせる私に何を思ったのか、耳元で囁いてきた。


「キスマーク、ちゃんと隠れてて良かった」


 気にしないようにしていたのに言われると気になって、付けられた辺りを抑えてしまった。


「せっかく気にしないようにしてたのに」

「本当は見せつけたいけど、見えないところに付いてると思うと興奮するよね」

「……変態」


 近づいていくと、いくつかテーブルが用意されていて、奥のテーブルには凛花さんや他の1期生、美南ちゃんと望実ちゃんが座っていた。あの席に行ったら絶対落ち着いて食事なんて出来そうにないから避けたいな。


「陽葵ー、美月、こっちまだ空いてるよー」


 さりげなく違う席に誘導しようとしたのに凛花さんに見つかってしまった。

 水着だから変に意識しちゃってるだけで、今はワンピースを着てるし、変な態度になることも無いはずだし大丈夫かな。


 凛花さんの隣に陽葵ちゃん、私はその隣に座る。陽葵ちゃんの正面に座っている美南ちゃんは、まだ座っただけなのにキラキラした目で見てきていて何とも気まずい……私たちの関係に気づいていそうなんだよね。


「これってもう焼き始めちゃって大丈夫ですか?」


 落ち着かないから仕事をしようとスタッフさんに確認してお肉と野菜を焼き始める。望実ちゃんも焼いてくれてるし、焼きそばでも作ろうかな、と周りを見ると少し離れたテーブルに焼きそば用の鉄板が用意されているのが見えた。


「望実ちゃん、任せちゃってもいい? 向こうで焼きそば焼いてくるね」


 任せてください! と頼もしい言葉を貰ったのでテーブルを移動して焼きそばを焼いていると、隣のテーブルから名前を呼ばれた。


「呼んだー?」

「呼びました! 写真撮ってもいいですか?」

「え? 焼きそばの?」

「焼きそば撮ってどうするんですかー?! 焼きそばを焼いてる美月さんです」


 え、そんな写真需要ある? 別にいいけど……


「いいけど、そんなの誰が欲しいの??」

「私が欲しいです! もちろんファンの皆さんも欲しいと思いますけど」


 他の子達にもスマホを向けられ、何故だか撮影会になってしまった。


「なにこれ? せっかくならみんなも一緒に撮ろうよ」


 わちゃわちゃしながら写真を撮り終わる頃には焼きそばもいい感じに出来上がった。


「美味しそうにできたけど食べる人ー?」

「「「はーい!!」」」

「めっちゃいい返事じゃん」


 みんな食べると言うから取り分けてあげる。多めに作っておいてよかった。


「美月さんあーんしてくれないんですか?」

「いや、しないし」

「えー!」

「じゃ、席戻るねー」


 後輩たちをあしらって席に戻ると、お肉の方もいい具合に焼けていた。


「焼きそばお待たせしましたー!」

「ありがと。お腹すいたでしょ? お肉美味しいよ」


 小皿に取り分けた焼きそばを配って席に座ると、陽葵ちゃんがお肉を差し出してくれたので食べさせてもらった。


「え、やば! 美味しいー!」

「お肉と野菜ここに置くね。タレは甘口で良かったよね?」

「うん。ありがとうー!」


 陽葵ちゃんが取り分けてくれたお肉を食べようとすると視線を感じた。特に美南ちゃんからすごく見られている。


「えっと、何かあった??」

「いやいや、何か?? 色々ありましたよね?! ね??」


 いつにも増してテンションが高い美南ちゃんの問いかけに、横で望実ちゃんも頷いている。

 何?? 陽葵ちゃんを見てみるけれど、陽葵ちゃんも心当たりがなさそうだった。揃って首を傾げると美南ちゃんが崩れ落ちた。


「もう無理……!! 自然すぎてもう……」

「え、そんなになるほど? 何にもしてないよね?」


 陽葵ちゃんが凛花さんに聞くと苦笑いとともに答えが返ってきた。


「2人にとっては自然なやり取りが美南ちゃんのツボだったってことじゃない」

「ふーん?? まあ、美南ちゃんがああなのはいつもだからいっか」


 陽葵ちゃんはもう気にしないことにして焼きそばを食べ始めた。私もお肉食べよ。


 お昼の後はいよいよ海に入っての撮影になった。MVだけじゃなくて特典のメイキング映像にも使われるらしく、適当に遊んでくださいって言われたけれどそれでいいの?

 我先にと海に入っていくメンバーを見ていると、いきなり手を引かれて転びそうになった。


「あぶなっ?!」

「ふふっ、美月が先に転んじゃうかもね?」


 うわ、根に持ってるし。挑発されて水の掛け合いなんていうベタなことをやってしまった。

 我に返って恥ずかしくなったけれど、気づけば他のメンバーも混ざってみんなで水を掛け合うっていう状況になってかなり盛り上がったから良かったのかな。


 本気で遊んでしまったからMVに使えるのか分からないけれど……


 *****


 撮影が終わって今は帰りのバスの中。さっきまでみんなでわいわい盛り上がっていたけれど、寝る人も出てきて少し静かになっている。


 隣に座っている美月もうとうとしていて、頑張って起きていようとする姿が可愛い。


「美月、眠い? 寄りかかって寝てもいいよ?」

「んー。大丈夫。眠くない」


 いやいや、絶対眠いでしょ。バスの中でメンバーが居るのに最初から敬語が抜けてるし。


「説得力ゼロだけど。ほら」


 肩を抱いてぐっと引き寄せると素直に身体を預けてきた。もう抵抗するって意識すら無さそう。


「陽葵ちゃんいいにおいする……」


 え、可愛い。もう寝た??


「美月寝ちゃったの? うわ、安心した顔しちゃって。なんか珍しいね? 陽葵のスマホで写真撮ってあげようか?」

「え、撮って欲しい」


 前の席に座っていた凛花が覗き込んできて、無防備な美月に少し驚いている。

 聞きつけたのか、メンバーが代わる代わる覗きに来て、珍しい美月の姿にニヤニヤしている。うんうん、可愛いよね。

 少し前に座っていた美南ちゃんと望実ちゃんもやってきて、手を取り合ってキャーキャー大興奮している。

 甘えてくることも少ないし、そういう姿を見られてたって知ったら恥ずかしがりそうだけど。


 凛花が撮ってくれた写真を見ると、私に寄りかかって気持ちよさそうに寝る美月がとにかく可愛かった。待ち受けにしようかな。


 そろそろ着くから起こさないとなんだけど、寝起きが悪いからすんなり起きてくれなさそう……


「美月、もう着くよ。起きて?」

「んー」


 一応反応はするけど全然起きる気配がない。肩を叩いたり頬をつついたりしてみたらうーんと唸って目を開けた。


「起きた?」

「ん。どこ?」

「もう少しで着くよ」


 まだぼんやりしてるみたいで、一度顔を上げたけれどまた私に寄りかかって目を閉じた。


「寝るの?」

「もうちょっと」

「もう着くから起きないと」

「やだ。ねむい」


 うっわ……かわいい。でもさ、バスの中なんだよね。小さい声だから近くの席のメンバーにしか聞こえてないだろうけれど、これ以上美月の可愛いところ晒したくないし、起きて欲しいんだけどな……


「ほら、頑張って起きて」

「うー、コンタクトで目開かない……陽葵ちゃん、外ポケットから目薬とってー」

「はい」

「……ありがと。ごめんね、かなり寝てたよね? 肩重かったでしょ?」


 随分はっきりしてきたみたいだけれど、まだ切り替えはできてなさそうかな。私としては好都合だし、本人が気づくまで黙っておこ。


「ううん、全然。可愛い顔して寝てたよ」

「絶対嘘。それは無いわ」

「えー、本当なのにな。あ、着いたね」


 バスが到着して、荷物を持って降りると、チラチラ視線を感じる。


「なんか見られてません?」

「見られてるね」


 残念。敬語に戻っちゃったか。


「美月、普段は陽葵に敬語使ってないんでしょ? メンバーがいるからって変えなくてもいいんじゃない?」

「え?! なんで知って……」


 隣にいた凛花が美月に言うと、やっぱり無意識だったのか、かなり驚いている。凛花には相談していたことがあるから、今切り出してくれたのかな。


「さっきバスの中で普通に話してたの気づいてない?」

「……あー、言われてみれば確かに」


 近い人には聞こえてたよね、と分かりやすく落ち込んだ。そんなに気にしなくていいのに真面目なんだから。


「他のメンバーだって期が違くても仲いい子たちは敬語使ってなかったりするし、そこまで気にすることないと思うよ?」

「まあ、それはそうなんですけど……」

「当人同士がいいなら周りがとやかく言うことじゃないから、普段通りでいいんじゃない?」


 チラ、と周りを見ると話が聞こえていたのか、他のメンバー達も頷いている。


「そうですね、徐々に変えていきます」

「徐々に……ま、今はいきなりは難しいか。でも2人が仲いいのはみんな知ってるし? さっきも見せつけられたからなー」

「見せつけてませんっ!!」


 ニヤニヤしながらからかわれて、美月が真っ赤になっている。


「凛花、美月をいじめるのはその辺で終わりにしてあげてー」

「はーい」


「では、改めて。昨日、今日と撮影お疲れ様でした。MVの出来上がりを楽しみに、明日からの仕事も頑張りましょう!」

「「「はい」」」

「では、解散で。お疲れ様でしたー」

「「「お疲れ様でした!」」」


「さて、帰ろっか?」


 美月に声をかけると、まだ赤い顔のままで睨まれた。


「陽葵ちゃん、気づいてたんでしょ?」

「え、何がー? 敬語が抜けてること?」

「ほら、やっぱり気づいてた!! ……何笑ってるのー?!」


 もー!! って怒ってる美月が可愛くてニヤニヤ見てたらまた怒られたけれど、全然怖くない。むしろ可愛い。


 今日をきっかけにメンバーの前でもデレてくれたらいいな。バーベキューでも大人気だったし、美月はメンバー1女の子にモテるから、しっかり牽制しておかないと。さて、美月をなだめて帰りますか。

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