第2話 人が死ぬ。それは家族のありようを映し出す

 父はラーメンが好きだ。

 なのに、目の前にいる父はラーメンを静かに啜っている。

 そして、重いため息を吐く。


 数時間前まで、私たち家族は祖母のお見舞いに行っていた。

 父方の祖母。

「いやぁ、あの病院、いいねぇ」

「あの設備は凄いよ」

 しょぼくれる父とは対照的に福祉関係の仕事をしている母と弟はさっきまでいた病院の感想を言っている。

 当時、私は一人暮らしで派遣社員として工場で働いていた。

 父も本当は分かっている。

 祖母の命は長くない。

 延命処置で三年ほど過ぎるが、もう、祖母の意識はほとんどない。

 家族も親戚もみんな、覚悟というか麻痺している。


 その日は雨だった。

 私は、その日は仕事がなく、DVDで『劇場版ケロロ軍曹 ドラゴンウォーリア』と『300(スリーハンドレッド)』を見ていた。

 携帯電話が鳴った。

「はい」

 電話の内容は分かっていた。

「天美、今大丈夫?」

「うん」

「あのね、落ち着いて聞いてね」

「うん」

「お祖母ちゃん、亡くなったの」

「……うん」


 葬式は前回の曽祖父とは違い、祖母の住む市内にある葬儀場でしめやかに行われた。

 料理は普通に美味しい。

 と、『夜伽』として私たち家族が指名された。

 父が末子だからだ。

 それでも、当時でも父は五十代。

 上の兄たちの年齢を考えても無理はさせられない。

 皮肉な話だが祖母の死で私たち家族は久々に一つ屋根の下に集うことが出来た。

 だが、遺体保存のためか冷房が効きすぎている。

 お弁当だろうがお茶だろうが数分で冷める。


 翌日。

 母方の祖父たちも合流する。

 本葬が始まる。

 淡々と進み、私は寝た。

(たぶん、今思うに発達障害による過集中)

 起こされ、最後の三男(色々あって長男・次男はすでに他界している)であり同居していた叔父さんが挨拶する。

 シンプルだったので今も覚えている。

「えー、皆さま。お集まりいただきありがとうございます。母も喜んでいると思います。葬儀の人から何か言うように言われたのですが、こういう時、なんといっていいか分からないまま、ここに立っています。えー……俺たちは九人兄弟です。俺たちは……もっと、母に何かしてやれなかったかと……悔やんでいます」

 父が天井を見た。


 私の父は科学万能を唱える人だ。

 ひどく現実的な人だ。

 私が子供の頃。

 泣いていれば容赦なく叩かれた。

 その人が泣いているのだ。

 驚いた。


 祖母は荼毘に伏され、骨になり、納骨された。

 実は私の出た短大がこの近所なのだ。

「ああ、もっと顔を出せばよかった」

 思わずつぶやく。

 この土地の風習で何もかけてない白玉団子を参列者は食べることになっている。

 それをもごもご食べながら私は墓場を見ていた。

「天美、ちょっと……」

 母が呼ぶ。

「何?」

「何か気が付かない?」

「?」

「空美ちゃん、いないの分っている?」

「あ」

 かつて、というか、子供の頃に姉のように慕っていた人がいない。

 母は言いづらそうに小さく言った。

「あのね、空美ちゃんはね、心に病気を持っているみたいなの?」

「病気?」

「鬱で人前や家から出られないの」

 今でいう引きこもりだったらしい。

 それは彼女が高校生からだそうで、そう考えると私が短大生だった頃は引きこもりだったはずだ。

 今でも「祖母の家に行かなかったこと」が正しかったどうかは分からない。

 そして、私も現在、心に病気を持っている。


 だから、彼女の気持ちはほんの少しわかる。

 私は薬とリハビリで現在仕事をしているが、彼女は今でも引きこもりだ。

 家族もまた、彼女を隠匿するがごとく極限られた(私の父ぐらい)にしか話さない。


 人は死ぬ。

 でも、その周りの人々の人生は続いていく。

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世界よ、これがお葬式だ! 隅田 天美 @sumida-amami

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