世界よ、これがお葬式だ!
隅田 天美
第1話 人が死ぬ。それは(ある意味で)戦いの始まり
私には曾祖父、ひいじいちゃんがいた。
今回は、この人の話。
明治生まれの人だ。
祖父たちと同居していた。
私が生まれた時から既にボケた爺さんだった。
ほぼ、居間の掘り炬燵で相撲を見ていた。
幼稚園児の頃に私は祖父たちに預けられた。
親の喧嘩などではなく、弟が肺炎を起こして入院し母は付き添い、父は単身赴任。
余り物の私は祖父母に家に行った。
淋しくはない。
近所には同じ年齢の男子たちが私を遊びに誘った。
ファミコンや山の探検など沢山遊んだ。
と、ファミコンをしていてある男子が言った。
「なあ、天美ちゃん」
「何?」
「お前のひいじいちゃんってせんそうで中国に行って肩に傷を負ったんだってな」
「そうなんだ」
「おーい、次、ファミコン探偵クラブやろうぜ!」
その男子はすぐにファミコンに戻ったが私は、肩の傷が気になった。
チャンスはすぐに来た。
雨が降り、遊びに行けない私は(当時)林業をしていた祖父と料理をしていた祖母に言われて掘り炬燵で曾祖父とテレビで相撲を見ていた。
「ねえ、ひいじいちゃん‼」
私は曾祖父に声をかけた。
「肩に傷あるんでしょ⁉ 見せて‼」
だが、耳が遠いのか何かあったのは曾祖父は無視するよう再びテレビを見た。
私も『あー、耳遠いから』とテレビを見た。
それから時は経ち、私は小学校六年生、つまり十二歳になった。
(弟は無事に肺炎が治り退院しました)
それはある日の朝。
二階で寝ていた私の耳に階段を駆け上がる音がする。
――あ、母さん、寝坊したな
起き上がるのと同時に母が飛び込んできた。
「大変、大変よ!」
「何分遅刻なの?」
私の言葉に母は首を振った。
「ひいおじいちゃんが亡くなったの!」
「え? ひいじいちゃんが死んだの⁉」
「死んだのじゃなくって亡くなったのよ!」
当時の私としては『同じでしょ?』だった。
それから、東京にいた父が忌引き休暇で戻ってきて祖父母の家に向かった。
「おう、天美達も来たか」
祖父が出迎えてくれた。
祖母は足が悪く居間で俯いていた。
曽祖父は祖母の父に当たる。
「何度か山はあったんだが……」
確かに何度か母が夜に車で曾祖父の様子を見ていたのは知っていた。
「今回も乗り越えられると思っていたんだがなぁ」
まだ、新築の匂いのする改装・増築された二世帯住宅の居間に曾祖父は眠っていた。
胸には鎌が置いてあり、横には小さな仏間があった。
線香をあげ、手を合わせる。
背後からにぎやかな声がする。
玄関に行くと多くの人たちがやってきた。
「あっらー、この子、天美ちゃん?」
「はい?」
おばちゃんたちが私を見る。
「天美ちゃんよ。いやねぇ、この子は天地(弟)くん?」
おばちゃんたち(旦那さんたちもいたが)は私と弟を見て騒ぐ。
私はなぞ状態だ。
「母さん、この人たちは?」
「あー、ご近所の人たちよ」
彼女たちも曾祖父に手を合わせる。
それから、祖父たちとご近所の人たちは居間の隣で何か話していた。
私は彼女たちを無視して、居間に誰もいないことを確認して、顔に触れる。
それから、自分の肌に触れる。
特に変わりはない。
――死ぬって何かな?
再び触れようとした瞬間。
「天美‼」
母に呼ばれて隣の部屋に行く。
「はい!」
反射的に母の元に行く。
母は言った。
「お前はこれから二等兵だ! 子守と手伝いに任命する!」
「イエッサー!(諸注意・正確には、『イエスマム!』)」
(こんなノリの家族です)
「では、さっそく命令。今から風呂入って寝ろ!」
「上官! 今、午後四時です!」
「言い訳は聞かん! なお、お布団は紀子さん(叔母)が二階にすいてくれたら安心するように!」
「ラジャー!」
これ、実は正解だった。
午前三時。
修行中の坊さんでもないのに、いきなり布団を剥がされた。
「起床!」
「眠いっす……」
「寝たでしょ?」
「弟は起こさないの?」
「まだ、子供だから無理」
「えー?」
渋々ながら着替えて下に降りると、そこは戦場だった。
割烹着やエプロンを着たおばちゃんたちが台所で料理を作っていた。
十名以上はいる。
「天美ちゃんが来たわよ!」
新兵は雑用なのは世の常である。
「天美ちゃん、大根の皮を取って!」
「天美、ジャガイモを洗って!」
「こんにゃくをちぎって!」
などなど。
朝焼けなんて見てない。
おばちゃんたちはどんどんくる。
遅く起きる男たちは祭壇などを作る。
と、背後で泣き声がする。
「お姉ちゃん」
弟が顔を出す。
「何? 今、忙しい!」
「天海ちゃんが、泣いている」
「天美、様子見てきて!」
母と言う上官からの命令は絶対である。
エプロンを脱いで子供部屋に行くと二歳の女の子が泣き、横で五歳の男の子が不思議そうにしている。
姪っ子と甥っ子である。
「どうしたの?」
甥っ子が言った。
「突然泣いた」
弟を見る。
「俺、トイレに行っていた。ファミコンしていた」
甥っ子は言った。
「ファミコンに近づいたから殴ったのが悪かったのかな?」
『百パーそれだよ‼』
と言いたかったが、姪っ子をあやし、落ち着けば再び台所へ。
町内放送では曾祖父の訃報をたびたび流し、来客がやって来た。
彼らにお茶をふるまい(食器類は近所から借りた)案内をするのも私の役目だった。
ところが、来客が多すぎた。
なにせ、長寿の大往生なのだから小さな山間の町は、ある種お祭り状態だ。
「よう、天子ちゃん」
「天美です」
そこにお坊さんがやって来た。
――お母さんの若いころにそっくり
ということで、このお坊さんは何故か母の名前で私を呼ぶ。
すでに家のキャパシティーを超え、庭先に急遽作った縁台まで出しての大騒ぎを目の端で見ながらお坊さん煙草を出した。
『あー、坊さんでも煙草を吸うのか』
妙に納得する私。
「まだ、当分、来客は来そうだから少し落ち着いてから、そうだな……三十分過ぎたらお母さん達に『お経をあげる』と伝えてくれ」
「はい」
母たちはこの伝言を聞くと、撤収の用意を始めた。
正直、葬式自体のことを覚えてない。
なにぜ、午前三時から(ある意味)戦場にいたのだから疲れた。
偽らずに書けば、寝た。
ただ、坊さんの声がとうとうと聞こえ、心地よかった。
荼毘に伏すため、納棺して火葬場に行く。
子供担当なのでお骨になるまで子供たちと火葬場の庭先で鬼ごっこをしていた。
ふと、煙が見えた。
子供の頃にした戦争の傷の話を思い出した。
曽祖父は本当に無視したのか、それとも、戦争の話はしたくなかったのだろうか?
――ゆっくり、空に上がれ
私は願った。
さて、納骨である。
お坊さんが私を呼んだ。
「寝ただろ?」
「はい」
「罰として、法具を寺まで持って行きなさい」
風呂敷に入った法具は重かった。
そして、外では太陽が暑い。
すすり泣く参列者の中で私は暑さと重さで泣きたかった。
寺について、庫裡の呼び鈴を押そうとすると背後にベンツが停まった。
「よう、本当に来たねぇ」
中からお坊さんが出てきた。
『助手席あるじゃん!』とツッコんだのはいい思い出。
納骨をすれば、精進落としだ。
これは料理屋さんで行なった。
出来合いとはいえ、人に作ってもらうことがこれほど楽だとは思わなかった。
祖母は足が不自由でいないが祖父はジュースを飲みお坊さんに接待していた。
そのお坊さんは酒を飲み、祖父と煙草を吸いご機嫌だった。
私は空いた王冠でおはじきを甥っ子たちとしていた。
これが私の葬式の原体験。
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