第3話:ドライフルーツ、トライアングル

「え、えっと……そうだ! 急いでたから、家にあった物で悪いんだけど……お見舞い! 持ってきたよ」 

「あ、ありがとうレオン、あと……ごめん、明日のお出かけ、行けそうにない……」

「良いよ。また今度、ちゃんと元気な時に埋め合わせしてもらうから!」

「うん……」

 ミノリは拾った音声をイヤホンで聞きながら歩いている。

 お、意外と常識のある子みたいね。お見舞いもちゃんと持ってきてるし……さて、何を持ってきたのかな?

「これ! ドライフルーツ。私のお母さんの好物で、家にストックしてあるんだけど、手軽に栄養補給できるから私も重宝してるんだ。このぐらいなら、食べられそう?」

「うん」

「じゃあ……はい、あーん」

 はいあーん?

 ミノリは、その言葉をトリガーに、即座に画面に目を移す。

 鮮明に、レオンがドライフルーツをつまんで霞の口に運んでいるシーンが写っていた。 

 物凄く自然に行った!

 流石はミスキス未遂というべきか。行動に迷いがないね……。

 しかも! 霞もなんの抵抗もなく食べてるし……! どのくらい意識がはっきりしてるのか分からないけど、まあ……断れる雰囲気じゃないか。 

 画面じゃあんまり伝わってこないけど。

 続けて、レオンの声が聞こえてくる。

「美味しい……?」

「うん、美味しい。でもちょっと固い部分が……」

「あ……それ私の指……」

「あ、ご、ごめん」

 ちょっと! 何やってんの⁉︎

 そう言いながら、ミノリは、レオンが何をしたのか、いや、霞に何をさせたのかをはっきりと見ていた。

 偶然じゃない……あの子、わざと自分の指を舐めさせてた!

 少なくとも、舌に唇は触れるくらいには、霞の口の中に指を突っ込んでいた。

 ……実は変態なんじゃない、あの子?

 ミノリの予想を裏付けるように、画面の奥のレオンは、更なる行動に出る。

「あ、あと水分補給が必要じゃない? ほら、スポーツドリンクを持ってきたから、これ飲んで」

「ん……」

 霞は、なんの躊躇ちゅうちょもなく、差し出された水筒に口をつける。

 ……ダッシュできた割には準備良すぎじゃ無い? あと、その持ってきた大荷物から察するに、これから部活でしょ?

 レオンちゃん、それは、お見舞いの品じゃないよね?

 そのスポーツドリンク、本当は自分のなんじゃないの? 

 病人の口に触れて不衛生、とかじゃなくて、不健全でしょう! その間接キスは。

 ああ! 霞はそんなことに気付いてないし……気付いても、そんな憶測おくそくで好意を断るなんてできないだろうし。第一、『部活で使うレオンのかも』なんで今の霞の頭で思いつくわけないし……。

 ところで、ドライフルーツって、確かに栄養価は高いし、小さくて食べやすいけど、お見舞にしては珍しいよね?

 霞の喉を渇かせるとこが目的だったとか?

 スポーツドリンクを飲ませるために?

 こういう妄想は、一度でもし出すと、頭の中で止まらなくなってしまうらしい。

 焚き付けたのは私だけど……まさかここまで展開が早いなんて!

 ミノリは、一旦買い物を中断して、大急ぎで家に帰った。

「カスミン、口元からスポドリ垂れてる……ちょっと待って、今拭くから」

 レオンはハンカチを取り出し、霞の口周りについた水滴を拭っていく。そのついでに、熱を測るように額に手を当てている。

「そういえば、席替えで隣になって、初めて会った時、汗だくの私にハンカチを貸してくれたね」

「ん……」

「それから……この部屋に来て、悩みを打ち明けて、お礼に膝枕をして……それで」

 レオンの動きがそこで止まる。

 何かを思い出したかのよう。

「途中……だったね」

「……え?」

 レオンは霞の口周りを拭ったハンカチをしまい、覆い被さるように、身を乗り出す。

「私、やっぱり、カスミンのこと……」

 そう言いながらレオンは、ベッドに横たわる霞の真上から、顔を近づけていって、そして……。

「レオンちゃーん。あんまり近づき過ぎると風邪移されちゃうよ〜?」

「わあっ!」

 そこで、背後から忍び寄っていたミノリから、ドクターストップならぬ、シスターストップがかかった。 

 レオンは、悪戯を叱られた猫のように、体が跳ねる。

 ミノリは、息切れを隠しつつ、何事もなかったかのように、何事もなかった事を確認する。

「どう? 霞の様子は?」

「あ、今お見舞いに持ってきたドライフルーツを食べた……ところ、です」

「ドライフルーツ? へえ? 面白い物持ってきたんだね、ちょっと被っちゃったけど、まあいっか……じゃーん!」

 まあ、全部知っての上での行動なんだけどね、お手本を、見せてあげましょ。

 ミノリは買い物袋から、プラスチックのボトルに入った野菜スムージーを取り出す。

 金持ちセレブやモデル御用達ごようたしの、非常に栄養価と値段の高い飲み物だ。

「ドライフルーツだけだと喉乾くでしょ? これも今、飲んどきな」

 レオンに見せつけた後、キャップを開け、霞の口元へと近づけていく。

「あ、いやたった今……むぐ」

 何も言わせず、飲み口を口に押し付ける。

 たった今? 何も知らなーい、ことになってるもーん。

 ミノリはいいことを思いつき、すぐに実行に移す。

「どう? 美味しい? あ、風邪ひいてると、あんまり味分からないかな? どれどれ?」

 ミノリは、霞が口をつけた部分を狙って、スムージーを飲む。

 間接キス成功っと。

 隣でレオンが、驚愕を通り越して、恐怖の顔を浮かべている。

 ミノリは、レオンの心中を全て察した上で、鈍感を演じる。

「あ、心配しなくても、私は、大丈夫だよ〜? 家族だから、長年の看病で免疫ついてるから、風邪うつらないから」

「あ、そ、そうですよね」

 レオンがオタオタとしている。

 可愛い。

 私のことや姉弟関係は、霞から聞いてると思うけど、それでも目の前で見せられると、びっくりするみたいね〜?

「レオンちゃんはこの後部活? 荷物を見た感じ……バスケ部かな?」

「はい、そうです! あ、私そろそろ行かないと……」

「ん、気をつけてね、ほら、霞、見送り」

「あ、レオン、ありがとうね。いってらっしゃい」

「カスミン! 行ってきます! ……また、来週、ね」

 それだけ言い残して、レオンは逃げるように部屋を出て行った。

 また来週。

 学校じゃなくて……デートのことでしょ?

 これは一本取られちゃったかな?

 まあ、私はその約束も、知ってるんだけど。

「姉ちゃん……どういうつもり?」

「え? どうって?」

「……いや、なんでもない」

 正しくは、何も言えない、でしょ?

 霞がスポーツドリンクを飲んだことを、私は知っていると、知らないんだから。

 霞は、私に監視されていると知らない。

 私は霞を、関節的にじゃなくて、直接知ることができる。

「あ、スムージー垂れてきてる、もったいない」

 私は、霞の口元に顔を近づけて、唇周りのスムージーを舐めとった。

「風邪……移るよ?」

「うつらないよ〜? 私は、ね」

 なんたって、寝食を共にしている、姉だもん。

 どこの誰だろうが、私には勝てないよ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る