第2話:部屋には、獅子と弟と頼み事

「もう……体調悪くなったらすぐに連絡してって、言ってるじゃん!」

「ごめん、姉ちゃん……」

 しばらくして自然に目を覚ました霞に、ミノリはおはよう代わりに文句を言う。

「それで……気分は?」

「普通に、悪い」

「そりゃそうでしょ、症状は?」

「頭痛が痛くて……意識が朦朧もうろうとしてる」

「……そう」

 意味が被っているのに気づかないほど悪いみたいだね……。

 ミノリは応急処置として、水ありで飲み、効果が出るまでに少し時間がかかるが、確実に効く頭痛薬を救急箱から取り出す。

「とりあえず薬だけ飲んで、今日明日は安静かな……はいあーん」

「……ん」

 ミノリが薬を差し出すと、霞は体を起こして、水と一緒に飲み込む。

 再びベッドに寝かせせようとするミノリに、霞は思い出したかのように言う。

「あ……! 姉ちゃん、今日何曜日だっけ」

「土曜日」

「生きていれば明日は日曜日だよね」

「当たり前じゃない」

 来なくなるだけで、死んでも日曜日なのは変わらないと思うけど。

 それより何を気にしているの? 学校の補修でもあるの?

「何か用事?」

「うん……ちょっと、スマホ貸して」

「何の用事?」

「……」

 ミノリは手に持ったスマホを霞に渡さず、魚釣りのように、霞の手のギリギリ届かない場所で弄ぶ。

 霞はとうとう観念したように告白する。

「その……クラスのお……友達と、出掛ける約束をしてて」

「マリンちゃん?」

「いや違う」

「レオンちゃん?」

「そうその子……って待って? ねえ? 何で知ってるの?」

 嘘をつけない誤魔化せない霞に対し、ミノリはさらに畳み掛ける。

「前に家に連れ込んでた、ライオンみたいな子でしょ」

「連れ込んでないし……! だから何で知ってるの⁉︎」

「おねーさんはなんでもお見通し、ほら、暴れてないでさっさと寝てなさい、予定のキャンセルは代筆だいひつしとくから」

「……怖いなあ」

 霞は物凄く不安そうな顔をしている。

 そんなに心配しなくても、この私に任せれば大丈夫だってのに。

「霞の口調とか思考とか、私が一番よくわかってるんだから。完璧に霞になりきって送っとくから、無理せず任せて寝てなさい」

「……もっと怖いなあ」

 それならいっそ、『連絡できない霞に代わって連絡しました。by姉』くらい明確にしてくれた方がいいのに……。

 とか思ってるんでしょ? それもお見通し。

 そして……。

「…………zzz」

「眠ったね」

 頭痛薬の持つ、睡眠作用が働き始める時間も把握済み。

 ミノリは、寝ている霞の手を掴み、親指を出させて、スマホの指紋認証を突破する。

 霞の友達は片手で数えるほどしかいない、そのレオンとかいう子はすぐに見つかった。

 しかも、ほぼ毎日のように長文が送られてきているため、トークリストの先頭にいた。

 ミノリはその会話履歴を最初からさかのぼって全部読んだ後で、霞の返事から、普段のレオンに対する口調を分析し、文責ぶんせきを持つ文章を書いて送信した。


********************


「ねーちゃん……、連絡は?」

「うん、つつがなく」

 それからしばらくして、昼前に霞は目を覚ました。

 もうちょっと寝顔を見ていたかったのに、残念。

「……見せて」

「え〜信用ないなあ、大丈夫だって」

「それを決めるのは僕だ」

「いや〜? 違うよ」

 え、と霞は困惑の表情を浮かべる。

「……どういうこと?」

「それを決めるのは、送る側じゃなくて、受け取る側ってこと。私の予想ではもうじき……」

 ピンポーン。と、ミノリの言葉にかぶるせるように、玄関のチャイムが鳴った。

「はいはいーい」

「……まさか」

 何かを察した顔をする霞を差し置いて、ミノリは玄関に足早に向かった。

 やっぱり、来るよね?

 ガチャ。とドアを開ける。

 ビンゴ♡

「カスミン! ごめん遅れて! 今までずっと寝てて……起きて携帯の通知を見て、ダッシュで来たんだけ……ど……え?」

 外には、ライオンの立髪のような、黄色いポニーテールの女子高生が立っていた。

 ついでに困惑の表情で。

 それもそっか、だって原因は、わ・た・し。だもんね。

「おはようレオンちゃーん! 初めまして、いつもお世話になってる、霞の姉のミノリだよー。弟のこと、カスミンって呼んでるんだ? じゃあ私のことはミノリンって呼んでねっ」

 レオンはミノリのテンションについていけず、その場に立ちすくんでいる。

 あれ〜そういうノリに乗ってくれるタイプだと思ってたのに? 間違えたかな? それにしても、本当にダッシュで来たんだねー。この季節、普通に生活していたらありえない汗の量をしているよ?

 愛されてるなー、うちの弟は♡

「ほら、立ち話もなんだから入って入って、霞も会いたがってるよ」

「お、お邪魔します……」

 レオンは、借りてきた猫のように、肩身狭そうに、玄関を潜る。

 ミノリは、そんなレオンの様子を伺いながら、軽い足取りで霞のいる部屋へと向かう。

 やっぱり、見た目の割に大人しいね〜。さながら、眠れる獅子って感じかな? さて、この子を前にして、霞はどんな反応を示すのかな〜?

 ま、逆も楽しみなんだけど。

 ね? レオンちゃん?


********************


「カスミンっ! 大丈夫⁉︎」

「レオン……なんで?」

 霞は、スマホの操作権を委ねた(奪った)姉に向けて疑問を投げかけたが、それに答えたのは、レオンだった。

「なんでって……連絡くれたじゃん!『愛しのレオンへ、この文章を読んでいる頃には、僕はもうこの世にはいないかもしれない。君とは本当に幸せな日々を送ったが、一つだけ心残りがある。それは、もう2度と、君に膝枕ひざまくらしてもらえないことだ……」って」

「僕が今際いまわきわにそんなことを言うかっ!」

 霞がそうツッコミながら、私を睨みつけてくる。

 あれ? 本心を代弁したつもりだったのに、お気に召さなかったのかな? それとも、勝手に天に召すことにしたのが不満だったとか?

「そ、そうなのか……けど、膝枕に命をかけてる人もいるよ? 私の後輩の彼氏とか」

「今すぐそいつを半殺しにしてやる! なんて言うか楽しみだ……!」

「どうしたのカスミン……なんか今日、少しおかしいよ?」

「病気になると、眠っている生存本能が活性化されて、普段より元気になんの……見かけだけだけど」

 ミノリが、レオンのために、霞の状態を説明する。

「そ、そうなんですか……」

 分かっていても理解はできない、そんな顔をしてレオンは、霞の様子を伺っている。

 うん、霞があんな状態で、その上私がいたら、レオンちゃんも困るよね。ちょっと、手助けしてあげようかな。

「じゃ、私ちょっと買い物に行ってくるから。レオンちゃん、その間、弟をよろしくねー」

「え⁉︎ あ、はい!」

 私は、さっさと荷物を持って部屋から出て行く。これで二人きりになれば、ちょっとは落ち着くでしょ。

 いや、逆に興奮しちゃうかもね? 

 せっかくだし、もう一押ししておこっか。

 ミノリは部屋のドアの前で一度立ち止まり、レオンを見て笑いかける。

「霞は元気そうに見えるけど、病人であることに変わりはないから、くれぐれも、お手柔らかに……ね?」

「え? あ、え?」

「それじゃあごゆっくり〜」

 困惑しているレオンを放置して、ミノリは家を出て行った。

 さあ、あの二人が、密室で、どんな化学反応を起こすのかな? 

 あのレオンとかいう子は、私以上に、霞を満足させられるのかな? 

 ミノリはスマホの中の、あるアプリを開く。すると、さっきまで自分のいた部屋、今、霞とレオンが2人きりになっている部屋が、俯瞰ふかんして映し出される。

 本来のの用途は、外出中に、ペットの動向を監視するものだ。

 それを、少し改造し、ベッド付近に設置したマイクで音も拾えるようにしている。

 これによって、部屋の様子を、遠隔地えんかくちからリアルタイムで知ることができる。

 さあ……観察開始。

 ミノリはスマホ画面をときおり眺めながら、買い物に向かった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る