朝山実は共に生きたい

第1話:この弟にしてはこの姉あり

 朝山霞あさまやかすみは私の弟だよ。

 親愛なる……いや? 最愛といってもいいね。

 この世界で、私以上に、霞のことを見て、知って、そして愛している人はいないと断言できる。

 もちろん、本人も含めて、ね。

 霞は私が3歳の時に生まれた。その時から、霞は体が弱かった。医療の発達している現代でなければ、また、設備や衛生環境の整っている先進国でなければ、そのまま死んでいてもおかしくない。そんな状態で生まれた。

 霞は、一年以上病院から一歩も出られなかったそうだ。

 私が4歳か5歳になって初めて、ガラス越しでなく、直接対面した。

 私は成長が早かった方だと思う。その頃には、自由気ままに歩き回り、両親と簡単なおしゃべりをし、新しい悪戯を考え出しては、友達に仕掛けて泣かせ、両方の親からこっぴどく叱られたりもした。

 そんな私の、霞に対する第一印象は、『なんだこの弱々しいものは?』だった。

 しかし、丸くて小さく、暖かかったので、よく抱き枕にして寝ていた。

 それを見つけられるたびに両親に止められたけど、その時には霞の耳とかを握って、力任せに引き離せないようにした、我ながら、手のかかる子供だったと思う。

 だが、やんちゃで手のかかる子供だった私とは対照的に、霞は、病弱で手がかかった。

 医者であっても、最新の医学を使っても、『とにかく安静』以外に、手のつけようがなかった。

 人類の、病原菌との戦いの歴史を、一人で再現するかのように、または、世界中の子供の健康のために生贄いけにえになったかのように、霞は、次から次へと病気にかかった。

 入院と退院を繰り返す日々、霞が家にいる間は、夜中も両親が交代で起きていたため、睡眠時間が半分になっていた。

 よく食べ、よく動き、よく寝ていた私は、すくすくと育った。

 食べず、動かず、寝たきりだった霞は、いつまで経っても育たなかった。

 私が小学校に上がり、自我が確立しつつあると、両親の愛情を一身に受ける弟に、強く嫉妬した。

 恨めしくさえあった。

 どうして弟ばっかり、どうして、早く元気にならないのか。

 親の愛情が偏るのは無理もない話だった。それは、霞の健康だけが理由じゃなかった。

 いつかの親戚の集まりの時、私は偶然知ってしまった。私をまだ子供だと思って、私の頭をみくびっていたのだろう。

 弟は、本当の弟じゃなかった。

 それは、私目線の話。

 両親にとって、本当の子供は霞だけだった。

 私は、長らく不妊に悩んでいた両親に迎えられた、養子だったのだ。

 つまり、霞の生まれた今、私はスペアに過ぎないのだ。

 私が大人になったら、本当に、両親にとっては、他人も同然だろう。

 そんなのは嫌だ。私は、自分の本当の両親も知らない。

 家族がいなくなってしまう。

 嫌だ。

 そう思ったから、大学に入る時、一人暮らしをして、弟をを無理やり引き連れ、人質に取った。

 親は、私が霞と血の繋がりがないと知っていることを、知らない。

 霞も、私のことをじつの姉であり、姉のみのりだと信じている。

 私だけが知っている。

 私は、年下の、同じ苗字の他人と暮らしているのだ。


********************


「ただいま〜霞……って、この時間寝てるか」

 現在時刻は午前5時。いわゆる朝帰りってやつ?

 いわゆる、っていうか、ついさっきまで男と一緒にいたんだから、本当に朝帰りじゃん。

 ま、そんな不良女子大生を咎める人なんて、誰も居ないんだけどね〜。

 ミノリは、カバンを床に放り投げ、上着、靴下と順に脱ぎ、まだ弟の寝ているベッドに潜り込む。

「はー……まだこの時期の早朝は寒いなぁ……んしょ」

 ミノリは、布団を首まで被りながら、弟に背中から抱きつく。まだ足が寒い、と思い、霞の足を上下から挟むように、自分の足を絡ませる。

「あったか〜い……」

 これが、ミノリにとって至福の時だった。

 わざわざ寒い冬に、こたつに入りながらアイスを食べるように、わざと休日の朝早くに目覚ましをセットして、二度寝を楽しむように、

 無防備な弟の寝ている布団に潜り込むためだけに、朝まで時間を潰すこともある。

 ……なんて知ったら、一緒にいた男たちはどう思うかな?

 ま、しょうがないよね、だって、これまで何十人……まだ三桁は行ってないよね? 知らないけど、さすがに。の男と会って、そのうちの約半分と、『そういうこと』になったけど。

 誰も、霞の代わりにはならないんだから。

 ミノリは、霞を抱きしめる手に、いっそうの力を込める。

 ん〜……これこれ、このフィット感! 体全体に、満遍なく、すっぽりと収まる感じ。落ち着くなぁ……。

 いっそこのまま、剥製はくせいにしたいくらいだ。

 いや、そんなことをしちゃダメだけど、だって、そうしたら、この温もりがなくなっちゃう。

 背中越しに、服越しに伝わる熱……常に体温の低い霞の、微かな温もりが……。

 ……なんか今日、熱くない?

 私の体温? いや、さっきまで外の冷たい風に当たってきたのに?

 ミノリはは、霞から手足を解いて、ガバッと布団をまくって体を起こす。

 そして素早く霞の額に手を当てる。

「……あちゃー……」

 眠気が一瞬で吹き飛んだミノリは、霞を起こさないようそっと布団から抜け出し、スマホを開くと、今日と明日の予定、すなわち週末の予定を全てキャンセルにした。

「もう……この頃大丈夫な日が続いてたのに……最近、何か良いことでもあったのかな?」

 ミノリはそう言いながら、家中を歩き回る、薬、食べ物、その他諸々、

 命に関わる風邪を引いた、霞を助ける物資を求めて。

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