第9話:教室で、置物よりは着物がいい


 翌日、学校で、その日1日の授業を終え、今日はすぐに帰宅しようと席を立った僕に、隣からレオンが『そういえば』と言って話しかける。

「マリンちゃんとデートに行ったんだって?」

「……はあ⁉︎」

 自分のものとは思えない変な声が出た。

 さらに霞は、自分で引いた椅子に蹴つまずきながら、慌てて修正する。

「デ、デートじゃなくて、お出かけ、買い物ね」

「いいなー私も行きかったー」

 そんなことを言いながら、椅子に座ったまま足をブンブン振るレオン。

 レオンは普段から部活で忙しいから、そういう女子高生のするようなお出かけがあまり出来ないのだろうか?

 レオンの普段のお出かけって、他校での練習試合とか遠征えんせいとかだと思う。

 行く相手がいない……ってことはないだろうし。

 そんな理由で出かけられない人間はいない。

 なぜなら、僕のようなぼっちは、一人で出かけられるからだ。

 って、それはともかくとして。

 最も大事なことを聞く必要がある。

「なぁレオン……その話、誰から聞いた?」

 まさかと思って、最前列の席に目をやる。しかし、そこには誰もいなかった。 

 もう帰ってる。早々に部活に行ったマリン並みの速度だな。

 いや、もしかすると、部活に復帰しているのかもしれない。

 昨日の食事中、あの話題を出す前に聞いたのだ、なぜ、スキンは部活に行かなくなったのか、と。

 『ああ、それね』と、スキンは遠い昔のことを思い出すかのように、話し始めた。

 なんでも、茶道部に入ることを叔父に報告したら、『それじゃあ着物が必要だな』と言って、すぐに送られてきたそうだ。

 それは、素人目に見ても、とても普段の部活動で消費してはいけないような、あまりにも高級な代物だと分かった。

 それでも着ないのは叔父に失礼だと思いつつも、こんなのを着たら部内の人に大金持ちだと思われて噂になる。という、ジレンマに、彼女は陥ってしまったそうだ。

 僕は、その意外と平凡な理由に、拍子抜けしたのを覚えている。

 部活は部活で用意されたものを着て、着物は大切に飾っておけば? と適当に提案したら、『その手があったか!』と、彼女は素直に感心していた。

 その程度のことで、解決できる悩みもあるのだ。

 自分一人だと、案外、大したことない悩みに苦しんでしまうのかもしれない。

 僕は、だから、無責任かもしれないが、あの場に居ただけで十分役割を果たせた。

 あの場に居て、スキンの話を聞いて、そして、聞いた話を、他の誰にも話さない。

 それだけで、人は、救われる。こともあるのだろう。

 僕は教室に意識を戻す。

 だから、僕は、マリンとのお出かけを、誰にも話していない。

 流石に、スキンも、他の人に言いふらしていないだろう。

 そもそも、スキン自体も、僕とマリンとの噂を、誰かから聞いたようだったし。

 と言うことは、スキンやレオンに、マリンと僕の秘密をばらした奴がいる。

 いや、ひょっとしてすると、あちこち言いふらしているのかもしれない。

 誰だ! そいつは!

「誰からって……そんなの、決まってんじゃん! マリンちゃんからだよ」

「……おおう」

 あの生真面目のっぽー‼︎

 何言いふらしんだ!

 流石に、『あの場所』での出来事は話してない……と、信じたいが。レオンには、とても怖くて確認できない。

 鉄壁なのに、言葉の出入り口は閉ざしていないのだろうか?

 デリカシーについては、潔癖でいて欲しかった。

「ちなみに……なんて言ってたの?」

 我慢できなくて、僕は聞いてしまった。どうすんだ、気絶してるところをホテルに連れ込んだとか言ってたら。

 やばいでしょ。マリンが。

 彼女のあだ名が『鉄壁』ではなく『性癖』になってしまう。

「ヘアピンを遠慮がちに指差しながら、『実はこれ……霞くんに、貰ったんだ……』って、自分から」

 自分から。

 控えめに、聞かれてもいないことを自慢していたのか?

 そんなことするか? 普通。

 そうか、普通じゃないのか。

 彼女も、彼女たちも。

「ずるいなー! 私も欲しいなー!」

「そんなに欲しいなら、今度同じのを買ってきてあげるから……」

「そうじゃない! あと、同じのは絶対にイヤ!」

 なんなんだよ、どっちだよ。

 じゃあ、どうすれば満足なんだ?

「私ともしてよ、デート」

「だからあれはデートじゃ……」

 そう言いながら、レオンの真意を察する。

 そうか、レオンは、ただのお出かけじゃなくて、他の女の子のように、異性と出掛けることに憧れを抱いているのか?

 その相手が僕では、あまりにも役者不足だと思うけど、その程度で良ければ、望みを叶えてあげられる。 プレゼントだって、お安い御用だ。

「……分かったよ、今度、レオンが空いている時に、買いに行こう」

「やった!」

 レオンは勢いよく立ち上がり、山のような荷物を全て抱え上げて、霞に振り向く。

「それじゃあ……今度の日曜日! 約束だからね……!」

「ああ、守るよ」

 それを聞いたレオンは舞い上がり……物理的にも、舞い上がり、着地と同時にダッシュで教室を後にした。体育館まで、あのスピードだろう。

 霞は、荷物を持って、知り合いが全員いなくなった

教室を後にする。そのまま玄関に向かい、ふと、気になることがあってUターンして戻る。

 そして、ある部屋を覗き、満足して、帰路についた。

 なんだ、似合ってるじゃん、着物姿。

 本当に、尼さんみたいだったけど。

 そのまま僕は、何食わぬ顔で、茶道部の部室の前を通り過ぎた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る