第7話:モラル無しルール有りのバスルーム
「…………?」
僕は今、お風呂に入っていた。
どうしてこうなったのか。
よく分からない。
よく分からないが、ここがどこかははっきりと分かる。
「霞〜入ってる〜?」
「……入ってるよー」
外から姉の声が聞こえる。
そう、自宅の風呂だ。
あれから僕は……どうしてか、スキンの家の、スキンの部屋で裸で寝ているところを、『いつまで寝てんださっさと帰れ』と、
のだった。
……一体全体、何がどうしてそうなったのだろうか?
食事直後からの記憶がない。本当に、毒でも盛られたのだろうか?
だとしたら、どうして僕は生きている?
もしかして、とっくに僕は死んでいる?
湯船に沈む自分の足を、水面上に上げて見る。こんなことで、生きている証明になるとは思えないけど、多少は冷静にはなる。
擦り傷切り傷あざ跡だらけの、ボロボロ、というより、ボコボコの、自分の足。
しかし、昨日よりも、心なしかツヤツヤしているように見える。
健康的な食事をいただいたからかな? だとしたら、ものすごい
うん、この辺の記憶ははっきりしてるんだけどな……。何か、大事なことを、衝撃的なことを忘れている気がする。
結局、スキンってなんでスキンヘッドなんだっけ。
まあ、別にどうでもいいか、そんなのは。
霞は、湯船に沈み、口まで浸かる。
ヘアスタイルなど、個人の自由で、人が口出しすることじゃない。
触らぬ神ならぬ、触らぬ髪に祟りなしだ。
触らぬ髪っていうか、彼女の場合、触れぬ髪だけど……。
「お邪魔しまーす!」
「……ほんとに邪魔だよ?」
「えーつれないなー? 最近一緒に入ってないと思って、こうしてサービスしてあげてんのに〜」
思慮と同時に湯船に沈んでいた霞は、風呂場に乱入してきた姉によって浮上を余儀なくされる。
ずかずかと無遠慮に入ってきた姉の体は、霞の、折れそうなほど細く、病的に白く、あちこち傷だらけの体とは対照的に、しなやかに細く、健康的に焼け、傷一つついてない。
間違ってグラビアの写真集に載っても、恥じない体をしている。
本当に間違って……いや、故意でも、載ったら家族の恥だけど。
姉がお嫁に……じゃなくて、僕が学校に行けなくなる。
「いったー筋肉痛……もー、なんで男ってみんな上に乗って欲しがるの? リードされたいの? ドMなの? こっちの苦労も知らないでさー。あー太もも痛い、太くなりそう」
どうやら姉は『運動』後のようだった。
「ねーちゃんがそういう男ばっか狙うからじゃん」
「ん〜? それもそっか」
そんなことを言いながら、椅子に座り、シャワーを頭から浴びる姉。
霞は、湯船から、その背中を見る。
姉のは、このアングルから、飽きるほど見ている。
『運動』とやらでついたのか、それなりに筋肉質な体つきはしている。しかし、アスリートとは違い、一言で言えば、女性的な体つきを増長、あるいは強調するような体つきだった。
身も蓋もない言い方をすれば、『エロい』のである。
姉がモテるのも納得できる。この景色を見たいがために、男たちがこぞって己の
もしも、血が繋がっていなければ……どうだろうか、いや、それでも、僕はもう、見慣れ過ぎた。
見飽きるほどに。
髪を洗い終わった
「何してんの?」
いや、何を待っているのかは、もう長年、朝山家の弟なので分かるのだが、一応聞いておく。
「疲れたから、背中流してー」
「はいはい」
そう言って霞は浴槽から上がり、実からボディーソープを受け取って、適量手に取り、しっかり泡立てた上で、彼女の背中に塗る。
熱い。体温が手のひら越しに伝わってくる。
背中の筋に沿って、泡を伸ばし広げ、そこから左右へと、泡を塗り広げる。
擦らずに、優しく、撫でるように。
昔はよく姉から指導が入ったものだが、今ではもうお手の物だ。
なんなら、自分の体以上に、丁寧に扱っている自信がある。
これが大人になるということなのだろうか?
いや、姉が子供っぽいだけだ。
背中が終わった段階で、実は両手を高く上げてバンザイのポーズを取った。霞は、ボディソープの泡を追加し、姉の脇腹から脇の下、そして腕から手首に至るまで、左右均等に、手を滑らせる。
この辺はもう、
それが終わると、今度は実が立ち上がる。その間に、霞はまたボディソープを追加して、今度は姉の腰からお尻、そして太もも、ひざ裏、ふくらはぎ、足首という順番に、下半身を
これには姉もご
「ありがと、もう良いよ」
「……? 前は、やらないの?」
「今日は自分でする」
「あっそう」
そう言って実は、椅子に座り、ボディソープのボトルを僕から受け取ると、前面に塗りたくった。
鏡越しで見ているが、かなり乱暴な気がする。やっぱり、僕がやるべきだったか?
まあ、何か特別な事情があるのだろうし、深くは突っ込まない。
霞は、湯船から汲んだ水で手の泡を洗い流し、出ようとする。
「あ、待って」
「……なに?」
そんな僕の動きを、同じく鏡で把握していた姉は、シャワーを浴びて全身の泡を落としてから、こちらに体を捻りつつ、言う。
「お風呂、一緒に入ろうよ」
「狭いし熱いからいい、それにもう十分入ったし」
そう言って出ようとする僕の手を姉は強引に掴む。
健康と不健康、運動達者と運動音痴、大学生と高校生。
そして、姉と弟。
僕には、逆らう術はなかった。
決して狭くはないけれど、高級ホテルのように広くはない、そんなうちの、一般的なサイズの湯船に、霞と姉の実は、一緒に入っていた。
霞が、後ろから実に抱き抱えられるような格好で。
こうしないと入れないから、というのが実の言い分だが、そうまでしないと入れないなら、一緒に入らなければいいのでは、と言う理論で、論争をイーブンを持って行こうとした霞だが、彼女の『いいから』という一言で一蹴された。
何が良いのだろうか。湯船の
海運のコンテナじゃないだから。そう限界まで詰めることにメリットはないと思われる。
これではリラックスできない。姉は、何故かしているみたいだけど。
人の背中に顔を埋めて呼吸している。なんでわざわざそんな場所の空気を吸うのだろうか?
僕の体からは、何か人をリラックスさせる、不思議な物質でも出ているのだろうか? そして僕自身は、その副作用で病弱とか?
だとしたらこの体質に感謝しなくも……いや、しないな。
ここまで近づかないと効果がないなら、姉くらいしか恩恵を受けられないだろう。
副作用を受けるのも、僕くらいだけど。
「霞……なんか、今日違う」
「え……?」
違う? 何が違うんだ?
ここにいる僕は偽物で、本物はやはりスキンの家に生死不明で置き去りとか?
「違う女の……匂いがする」
「……」
いやそんな、浮気を疑うめざとい(鼻ざとい?)彼女みたいなことを言われても、
今日僕はスキンの家に行っただけで浮気なんかしていない。
って言うとまるで姉が本命のように聞こえる不思議。
ここはすっとぼけとこう。
「え? 違う匂い? 何かな〜? あ、今日学校で2人の女の子と話したから、その子たちかな?」
「うちで使ってるのより、高い、天然素材の、石鹸の匂い」
怖い。
なんでそんなことが分かるの?
そうだ、うちの姉は非常に鼻が効くんだ。
僕の耳がいいように、うちの家系は、みんなどこかしらの感覚器が優れているのか? うちの母親が料理得意だったのも、味覚が優れていたお陰だったりして。
いや、それはともかくとして。
石鹸? それも、背中から? しかも高級? 天然素材? はて、全く記憶にない。
そんなもので背中を擦られる経験をしていたら、流石に気付くだろう。
周りの人も気づくかもしれない。レオンとか、マリンとか、スキンとか……。
スキンとか?
「うっ」
「どうしたの? おねーちゃんの体に興奮して出ちゃった?」
倫理観も道徳もデリカシーもない姉の妄言は無視して、霞は頭を抱える。今、何か……思い出せそうな感覚があった。
スキン、高級石鹸、そして風呂場。そこに、僕。
ほとんど答えの出ている穴埋め問題だった。何があったのかは、ある程度想像できる。
しかし、残った穴の方が重要である。
そこで、何が、話されていたか、とか。
「ねーちゃん、頼みがあるんだけど」
「えー? 私、ついさっきしてきたばっかりなんだけどな〜?」
霞が考えられる中で、最悪に気持ち悪い予想を立てているであろう姉の話には付き合わず、霞は、その時の記憶を引き出すために、その時の状況を再現しようとする。
姉の協力を得て、姉を、スキンに見立てて。
「僕の背中を石鹸で洗ってくれない? 髪の毛は剃らなくていいから」
「それ、どう言う意味?」
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