第6話:大変ショックな事情を食べる

 ビジネスや政治の現場における重要な商談や交渉は、食事の際に行うのが世界標準のルールとなっているらしい。

 なんでも、食事によって幸福感が得られることで、事がうまく運ぶ可能性が高くなるとか。

 あとは、単純に食欲が満たされるとか、エネルギーが補給されて脳の働きが良くなるとか、同じテーブルを囲むことで信頼感や一体感が生まれるとか、色々な理由が考えられるが、要するに、食事には、口を軽くする効果があるのだろう。

 咀嚼そしゃくによって、準備運動も、行えるのだし。

「スキン……って」

 それを踏まえて、僕は、初めて会った時から気になっていた、クラス全員が知りたくても知り得なかった、彼女の秘密を、あばきにかかる。

「なん……いつから、その髪型なの?」

 チキった。完全に、躊躇ちゅうちょしてしまった。

 まあ、まずは周縁しゅうえんを固めるということで、多分向かい合わせだったら、この質問さえ聞けなかっただろう。

 それに対する彼女の回答は。

「聞きたかったのは、それじゃないでしょ」

 『僕の小心などお見通し』だった。

 そりゃ、そうだよな。

 けど、ありがたい。

 お陰で、いきなり本命の質問をぶつけられる。

「なんで、その髪型なの?」

「ハゲ隠し」

 スキンの回答は早かった。あらかじめ、用意していたのだろう。

 それにしても……そんな理由とは。

 ……若いのに、遺伝かな? 

 かわいそうに……僕の両親はどちらもフサフサなので感謝しないと。

 っておい。

 引っ張っておいて、その冗談は酷いんじゃないか?

 そんな風に僕が、話を本気にせず、脳内で文句を垂れることも織り込み済みだろう。スキンは、続けて言った。

「ま、ハゲっていっても、生え際が後退するとか、頭のてっぺんが薄くなるやつじゃなくて」

 ごくん、と、スキンは口の中のものを一旦飲み込む。

「円形に小さく抜けるやつだけどね」

 ごくん、と、僕も飲み込んだ。ただし、飲んだのは、ご飯ではなく、唾だ。

 円形に抜ける……それは『円形脱毛症』。

 あらゆる体調不良を経験してきた僕でも、それは経験したことがない。

 なぜなら、その発症原因は、頭を怪我するか、もしくは……過度のストレスだ。

 僕は、病気が多少のストレスになっているだけで、ストレスで病気になっているわけじゃない。

 髪が抜けるほどのストレスも……経験したことはない。

 発すべき言葉に迷っている霞に見向きもせず、スキンは食事を続ける。

 何食わぬ……顔で。

「満足した?」

 確かに、その髪型である理由としては、納得できた。しかし、それ以上に、それ以上の理由が出てきてしまった。

 髪が抜けるほどの、異常なストレスの理由。

「なんで……」

「言わなーい」

 円形脱毛症になったのか、という霞の質問を先回りして、スキンは潰す。冗談めかした口調で。

 冗談じゃない。

 霞は静かに箸を置く。

 ここで話を終わらせて良いのか?

 高校生の少女が、円形脱毛症を隠すため、髪を剃り上げるほどのストレスが、何かも知らずに。

 帰って、良いのか?

 しかし、スキンはこの話はこれで終わりとばかりに、席を立ち、食べ終わった食器を持ってキッチンへと向かう。

 霞の前には、ほんの少しの食事だったのに、まだ半分も残っていた。

「美味しく……なかった?」

 キッチンから戻ったスキンが、そう言ってくる。

 クラス内で誰も知らなかった、スキンの秘密、今や、二重の意味で、誰も触れようとしない、スキンの髪型。

 今更、クラスの誰かに言うつもりはない、第一、話す相手がいない。それに、仮にいたとしても、こんな旬の過ぎた話題、誰も食いつかないだろう。

 だからそこ話した。だからこそ、秘密が守られる、僕に、話したのだとしら?

 霞は、残ったご飯をかき込むようにして、全て平らげる。

 そして、綺麗になった皿を持って、キッチンへと向かい、スキンに、すれ違いざまに言う。

「お代わりがあれば、全部食べるよ」

 一瞬しか顔は見られなかったけど、その一瞬、

 スキンは、安心したような、笑顔をしていた。



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