第2話:心配するのはシンパシー?
「でね! 私びっくりしちゃったんだけど、前話した後輩の子いるじゃん? その彼氏がさー! なんと膝枕だけじゃ飽き足らず、今度はその子に……あ! もうこんな時間⁉︎ 私、部活行かなきゃ! カスミン、長々とごめんね! 続きはまた明日話すから!」
「いってらっしゃい……足、気をつけてね」
「あはは! もう両方とも大丈夫、昨日の怪我は今日治る!」
「
そう言ってレオンは、大きな弁当箱によって膨らんだカバンと、部活道具が一式入ったバッグを抱えて、教室を飛び出した。
『両方』大丈夫。両足のこと、ではない。
怪我で動かなくなった足と、その太さを気にして、揺れ動いた心。
霞は、彼女が、短いスカート丈でその足を惜しげもなく
あれから、僕とレオンはよく話すようになった。
最近彼女は、アリウープという、空中でパスをを受けて、そのままダンクをする、というマンガのような大技にも挑戦しているらしい。
怪我から復帰してすぐやることとは思えない。というか本当に彼女は女子高生なのだろうか? サイボーグとかじゃなくて。
まあ、今日もそんな話を、授業が終わり、放課後に突入するまで、ひたすら聞いていた。
さながら僕は
ししおどしでも務まる仕事である。
霞は、レオンを見送った視線を戻すついでに、教室内を見回す。
他には、誰もいなかった。
僕と、彼女を除いて。
「部活……行かなくていいの? マリン」
「あ、もうそんな時間? ありがとう霞くん、気づかなかったよ」
前の席にいるマリンにそう言うと、彼女は振り返って、僕に感謝の言葉を述べた。
その時見えた、マリンの机の上には、明日の授業で使うワークが開いてあった。
まだ宿題をやっていないなんて、彼女に限ってありえない。授業の予習をしていたのだろう。
その日の終わりに翌日の予習をするなど、僕には発想もできない。
日頃から部活で忙しい彼女が、勉強時間を確保するために編み出した策なのだろう。その優等生ぶりには頭が下がる。
マリンの顔を見上げる。その前髪には、僕のプレゼントした、マリンブルーのヘアピンが輝いていた。
本当に気に入ってもらえたようで、彼女は、授業中、ほとんど身につけているようだった。
「仲、良いんだね」
「え? あ……レオンのこと?」
「そ」
マリンは、少し機嫌悪そうに、短く言う。
もしかして、会話が勉強の邪魔になっていたのか? だとしたら、今度からは早めに切り上げるか、僕が帰るかした方が良さそうだ。
学校は、学校なので、学ぶ人を優先するべきだろう。
「ご飯の時もずっと喋ってる」
「ま、まあ……」
レオンは僕とは違い、食事しながら喋れるタイプである。
僕は食事中は相槌さえ打てないので、時折、飲み込む動作と連動させ、首を縦に振るだけだった。
音さえ出ないししおどし、別名、竹の置物である。
「この前なんか、一緒に帰ってたって、後輩から聞いたよ?」
いつのことだろう?
もしかして……あの時?
霞の脳裏に、駅の前でレオンに跳び越えられえるシーンがフラッシュバックする。
見られてたの?
そしてマリンに知られてたとは……その人脈。恐るべし。
「それで噂になってる、『あの二人、付き合ってる』って」
「え⁉︎ いやいや……」
そんなことあるか?
2人で帰っただけで?
まあ、実際そのあと、それ以上のことがあったんだけど……。
レオンは有名人だから、そういうゴシップとか、スキャンダルの対象になりやすいのだろうか?
だとしたら有名人も考えものだ。まあ僕にその心配ないけど。
なるとしたら何で有名になるんだろう? ぼっちとか?
多分ぼっちで有名になれる奴がいたら、そいつはもうぼっちじゃない。登録者10万人のボッチ系配信者みたいな矛盾だ。本当のボッチは、動画も出せず、見られない。
「まあ、嘘なんだけどね」
「びっくりした……」
マリンはすぐにおどけて見せた。
彼女が、平気な顔してこんな嘘をつくとは、想像もできなかった。
あの時のパンケーキ屋以来か……。
心臓に悪い。
「びっくりした? 実は……本当に付き合ってたとか?」
「いや、そんなことはない」
レオンの名誉のために、ここは明確に否定する。
「そ、そうなんだ……良かった」
それを聞いたマリンは、どこかホッとしているようだった。
何が良かったのだろうか? 嘘の噂を広めなくて……ってことか?
いやでもその噂自体マリンがでっち上げたものか。
じゃあ何故……。
と、僕が考え始めた時に、ガタッという音を立てて、マリンが立ち上がる。
何度見ても慣れない、その長身、僕は着席しているので、ことさら身長差が際立つ。
「じゃ、じゃあ! 私も部活に行ってくるね!」
「ん、頑張ってね、キャプテン」
マリンは、机の上のワークを机の中にしまい、小さいカバン一つだけ持って、教室を出た。
置き勉してるんだ。意外だ。
学校で予習してたのは、持ち物を減らすためでもあった?
抜かりない、やはり秀才タイプか。
僕はそんなことを思いながら、マリンの背中を見送る。
ヘアピン似合ってるって、言いそびれちゃったな。
霞は、そんな後悔をしながら、『まあ、また明日にでも言えばいいか』と前向きな気持ちを呼び起こす。
もう教室には、僕以外誰もいない。
さて、僕も帰ろうかと、
かく言う僕も置き勉をしているのだ。理由は、単純に、重い教科書を持ち運びたくないから。
僕の身長が低いのは、小学校の時の重いランドセルが原因だと、今でも思っている。
そして、席を立ったところで、特に意識せず、ふと前を見た時、
彼女を発見したのだった。
僕のいる列、すなわち、窓際の列、その先頭に、
間流山理空ーースキンだ。
机に突っ伏しているため、その特徴的な頭は隠れて見えない。しかし、間違いなく彼女だ。
運がいいのか悪いのか、彼女は、クラス内で唯一、席替えしても位置が変わらなかった。
出席番号順の初期位置のままである。
その頃は、『朝山』の僕は、廊下側の先頭にいた。
つまり、彼女と同じ最前列で、左右反対の位置。
席の周りに人が最も少ない、すぐに友人ができにくいという、同じ境遇。
同じボッチ同士。
だから、僕は、あの席にいる彼女が、スキンだと覚えていたのだ。
「……」
こういうのは、一応挨拶してから帰った方がいいのだろうか?
霞はその場に起立したまま、しばし
でも、したらしたで、世間ではやれ『狙ってる』とか『好感度上げに行った』とか、言われるのだろう? それは勘弁だ。
レオンの件も含めて、これ以上噂を増やしたくない。
いや、だからあれは、マリンがその場ででっち上げたものなんだって……。
じゃあ挨拶しても問題ないな。
そもそも、他に見ている人もいないし。
しかし、僕はこれまで、帰る時どころか、来る時すら誰にも挨拶してこなかったからな。
ドアの前の角の席とは、そういう場所だ。
教室で挨拶する習慣がない。
それに、彼女……寝ているかもしれないし。
余計なことはしないで、やっぱり、このまま彼女を無視して帰るのがいいだろう。
霞はそう結論づけ、そのまま横へ移動して後ろのドアから出ようとした。
その時。ガシャ! という音が、教室の対角、つまりスキンの席付近から聞こえてきた。
学生であれば、教室で何度も聞く音、そして僕は耳がいい。音源はすぐに特定できた。
筆箱が、開いたまま落ち、中身が散らばる音だ。
あれ、めんどくさいんだよなぁ……片付け。
特に女子の場合、ペンの数や小物が多いイメージだ。
これは流石に無視して帰るのは薄情か?
霞は、ドアの前で立ち止まり、そのまま直角に曲がり、前方の扉の前まで移動しつつ、その道中に、横目でスキンの様子を伺う。
でも、私物を見られたり、触られることに拒否反応を起こす女子も多いよな……。
見たところ、そこまで散らばった量は多くないみたいだし、余計な手出しはするべきじゃないか。
前方のドアの前にたどり着いた霞は、取手に手を掛ける、しかし、またそこで動きが止まる。
筆箱の中身が多い女子も多い? 私物を触られるのを嫌がる女子がいる?
なんだその、一般論。
あれだけ特徴的なのに、顔と名前も一番最初に覚えたのに。
僕、スキンのことを何も知らないんだな。
そういえば、席替え後の、彼女の最近の交友関係も知らない。
まあ、教室では、目の前にいるマリンが壁となって、同じ列の人たち、特に先頭のスキンなんか完全に見えなくなっちゃうから、普段の様子とか、把握しにくいんだけど。
しかし、今日のレオンの話の中にも、彼女の名前は出てこなかった。
今日まで、一度もだ。
そして、マリンも、あれだけ人望の厚い彼女でも、僕と、唯一教室には残っていたスキンを、見えていたはずなのに、話題に出さなかった。
これが意味すること、それは。
霞はドアから手を離す。そして、彼女を見る。
彼女は、一才動いてなかった。
そこそこ大きな音がしたと思ったけど、まだ寝ているのか?
それとも、僕の様子を伺っている……のか?
だとしたら何のために?
いや、どちらでもいい。
やることは、同じだ。
霞は、スキンの席へと、ゆっくりと近づいていく、床に散らばったのは、ペンが数本と、消しゴムくらいだ、これならすぐに拾い集められそうだ。
それにしてもどうして起きないんだ? と、霞はスキンの顔を見る。
次の瞬間、霞の体は、ほぼ反射的に動いていた。
スキンの目の前に駆け足で移動する。
「だ、大丈夫⁉︎」
「う……ん、うぇ」
大丈夫な人がする返事じゃない。
スキンは額に大粒の汗をかき、顔の皮膚がくしゃくしゃになるくらいに、目を固く閉じていた。
口元は、血が滲み出そうなほど食いしばられている。
スキンは、寝てたわけでも、僕の様子を伺っていたわけでもない。
どころか、僕が呑気に話をしている間から、一人でこうしていたのかもしれない。
一人で、苦しみに耐えていたのかもしれない。
この歳にして、ありとあらゆる体調不良を経験した僕だから、ある程度、彼女を
疲労かストレスによる、頭痛だろう。目眩も、併発している可能性が高い。
霞は窓に手を伸ばし、カーテンを閉める。
放課後の時間、窓際のこの席には強い西日が刺す。その光は、高確率で目眩を悪化させる。
背後でガタッという物音がした。見れば、スキンの上半身が、机からずり落ちている。筆箱を拾おうとしているのだろう、しかし、その手は、全く見当違いの場所を
「無理に動いちゃダメだよ! 僕が拾うから、安静にしてて!」
彼女の頭に響かないようになるべく小声で、それでいて要点をはっきりと言って、スキンの肩を引っ張り、机の上に戻す。
霞は、スキンの机の目の前でしゃがみ、ペンを拾い出す。すぐに拾い終えると思っていだが、計算違いがあった。
いくつかのペンが、おそらく落ちた衝撃で飛び出たのだろう、スキンの足元に転がっていた。
足元。
いま、霞は、スキンの目の前でしゃがんでいる。
通常、男性は、座っている女性の前でしゃがむことは許されない、身を乗り出し、手を伸ばすなんて、もっての他である。
うちの学校の制服は、スカートである。
いや、気にしている場合かっ!
霞は視点を床に固定しつつ、素早く手を伸ばし、次々とペンを回収する。
そして立ち上がり、中身を揃えた筆箱をスキンの机の上に置く。
「筆箱は元に戻ったけど……スキンは、調子はどう?」
「頭痛い……気持ち悪い……」
まだダメそうだ。
霞はポケットから錠剤を出す。頭痛薬、水無しで飲めて、すぐに効果が出るタイプだ。
ちなみに、別のポケットには、下痢止めや風邪薬、酔い止めなど、多種多様な薬が入っている。
定期的にラインナップが増えるので、このペースで行くと、卒業までにポケットのキャパが足りなくなるのでは、と、霞は密かに心配している。
しかし、手放すことはできない。自分で飲むのはもちろんこと。
こんなことも、あろうから。
「頭痛薬だけど、飲める?」
そう言って差し出した霞の掌から、スキンは、奪うように薬を取り、包みを開けて飲む。
そうして彼女はまた、机に突っ伏す態勢に戻る。
ひと段落つき、ホッとしたところで、霞は、改めてスキンの容姿を見る。
頭、顔、手、見えた部位から、分かることがあった。
スキンは、並々ならぬ、美肌だった。
実は、このクラスになった当初、スキンの髪型の理由について立てられた憶測の中に、『美肌を極めるため』というのがあった。
そんな馬鹿らしい理由があるかと、第一、どうして坊主になる必要があるんだと、クラスの人の会話を立ち聞きしながら、僕は思ったのだ。
しかし、間近で見ると、その可能性が密かに現実味を帯びてきた。
白魚のよう……というか、どうしても頭の形から木魚を連想してしまうが、とにかく、彼女の肌は綺麗だった。
滑らかで、光沢があって、色は、透明感のある、病的なまでの白。
あくまでも興味本位で、触れてみたいと思う。
「物持ち、いいんだね」
「え?」
スキンに顔を伏せたまま言われ、少しやましい考えを抱いていた霞はギョッとする。
僕が、彼女が常備薬のことに言及していると気づいた時、彼女はスッと立ち上がり、荷物を持ってスタスタと歩き出していた。
「あ、もう大丈夫なんだ……」
そう言いつつも心配で、霞はスキンの後をすぐに追いかける。
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