間流山理空は平和に生きたい

第1話:触らぬ(れぬ)かみに祟りなし

 間流山理空まるやまりすきは、平凡な女子高生である。

 平均、と言っても良いかもしれない。

 僕の通う、この学校、私立リベラルアーツ大学付属高等学校、通称リベフは先進的な学校である。

 教育方針として、自由や個性、そして女性の独立に特に力を入れており、履修りしゅうできる授業数、入学試験の種類は多分日本一多く、編入する方法はさらに多い。

 ちなみに僕はその多種多様な制度に乗っからず、普通に、簡単な学力試験試験に合格して編入した。残念ながら、病弱優待性びょうじゃくゆうたいせい(逆に言えば健康劣等生けんこうれっとうせい)制度は、この学校といえどもなかった、差別だ。

 そんな訳で、この学校には、一癖も二癖もある女子が、多数在籍している。レオンやマリンはその筆頭と言っても良い。

 しかし、間流山理空は、そんな学校の中であって、少なくとも僕が同じクラスにってから見た限り、学力、運動能力ともに、中央に位置している。

 平均的で、中央値であり、別にクラスの中心ではない。

 特筆すべき能力が、これといってなかった。

 では、彼女には本当に何も持たないのか?

 そんなことはない。

 彼女には、彼女だけの、とある特徴があった。

 実の所、僕がこのクラスで一番最初に顔と名前を覚えたのは、他ならぬ彼女だった。

 ところで僕は、人の顔と名前を覚えることが大の苦手である。

 他人と深く関わることがないため、人を、自分との関係性ではなく、その外見でしか区別できない。

 それなのに日本人ときたら、皆同じような顔と体格と肌色と髪色だというのに、行動、言葉遣いも、どうしてか似通っている。 

 それを、恣意的しいてきにつけられた名前で区別しろというのは無理のある話だろう。

 どうして、みんな同じが良いのだろうか? 僕にはその感覚が、今一つ理解できない。周りと同じことをしていながら、偉大な功績を残した人物は、一人もいないというのに。

 話が少し逸れたが、とにかく僕は人の名前を覚えるのが苦手だ、にも関わらず、間流山理空だけは、すぐに覚えた。

 一瞬だった。

 彼女の名前が、現代の、それも女性のものとは思えないような物々ものものしさだったから、というのもあるが、それは彼女を識別してから、覚えやすさに拍車はくしゃをかけた要因に過ぎないので、いち早く彼女自身を覚えられた直接の理由にはならない。

 その本当の理由は、彼女の髪型にある。

 先程述べた通り、この学校は自由だ、制服以外の、外見に関する縛りはないに等しい。

 海外からの留学生も積極的に受け入れているため、黒髪強制などという、訳の分からない前時代的ぜんじだいてきなルールは存在しない。

 どんな色でも、どんな髪型でも、個人の自由だ。

 だから、どんな色でも、どんな髪型でも、一日学校内を探せば、まあ見つかるだろう。

 しかし、多少の髪型の奇抜さでも、やはり記憶に残せる僕ではない。確かクラスには燃えるように赤い髪の人間がいたと思うが、現に僕はその人の性別すら思い出せない。

 しかし、間流山理空は特別だ。

 遠くからでも見つけられるし、目を閉じても思い浮かべられるし、描こうと思えば絵も描ける。

 なぜなら彼女には、髪型がないから。

 いや、無いのは髪型ではなく、髪だ。

 間流山理空は、僕がこのクラスで初めて見た時から、その頭に、女性の命とも形容される髪が、一本たりともなかったのである。

 まるで、尼さんのように。

 けれど、尼さんではないらしい。

 彼女がどうして坊主頭にしているのか、僕は知らない、いや、きっとこのクラスの、誰も知らないのだろう。

 彼女が理由を言わない限り、誰かが理由を聞かない限り。

 そして彼女は、決して理由を言おうとしない。

 深い事情があるのかもしれない。そんな暗黙あんもくの了解がだけが流れ、今ではクラスで話題にする人はいなくなった。

 ところで彼女には『スキン』という愛称あいしょうがついている。

 『肌が綺麗だから』というのが表向きの由来だが、本当は『スキンヘッド』から取っていることくらい、僕でも分かる。

 そして、その愛称で彼女が直接呼ばれているのを、聞いたことがない。

 第三者が、彼女を話題に出すときに、代名詞として使うだけだ。

 もっとも、その話題さえも、すっかり聞かなくなったが。

 だから、まさかこの僕が、そんなスキンが『スキンヘッド』である本当の理由を知ることになるとは、その時は、全く思わなかった。

 毛ほども、思わなかった。


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