第7話:張り付き、勝ち鬨(どき)、力尽き

 しかし、結果から言うと、その後の店舗巡りは非常に難航なんこうした。

 理由は明白、ここでこそ役に立つはずの、『男』である霞が、全く役に立たなかったからである。

 彼は、背が低く、筋肉がなく、線が細い。

 いわゆる『男性的』な要素を欠いていたのだ。

 そして、霞の知り合いには、ボーイッシュな女性も男性もいない。

 ガーリーな姉がいるだけだ。

 そのため、『男性的なファッション』の、経験も知識もまるで足りなかった。

 それでも、わらにもすがる思いで、姉にヘルプを求めた。

 普段から異性と遊びまくっている姉であれば、背の高いイケメンの、センスあるファッションも見慣れているだろう、ボーイッシュなマリンに合う、コーディネートを示してくれるだろうと、そんな楽観的な予想を立てたのだ。

 しかし、返ってきた答えは、『え〜? 私、ちっちゃくて華奢きゃしゃで可愛い感じの○○くん達しか狙わないから分かんな〜い』だった。

 役立たずっ! しかも最後の○○は要らないだろ!

 姉が、経験のない男子を喰いまくっているなんて情報、知りたくなかった。

 マリンには、『流石の姉でも、やっぱり男性ファッションは詳しくないみたい』とだけ伝えた。

 ここに来て、万事休す。もう使えるカードはないのか。

 元より、僕は、姉というクイーン一枚しか持ってないような状態だったけど。

 さらに、残っているお店が、あとは、どこにでもある大型のショッピングモールくらいしかない。

 しかも駅から少し遠い。

 以前は友達と買い物をしていたと、マリンは言った。そんなショッピングモールなど、彼女は何度も訪れているだろう。

 そして、何度訪れても、合う服がないから、アブノーマルなファッションに活路かつろを見出し、今日こうして、古着屋の街を訪れたのだ。

「力になれなくてごめん、ファッションについて勉強し直すから、今度また来ない?」

 霞はそう提案した。

 自分の力不足を痛感すると同時に、体力的にも、またもや限界を迎えていた。

「うんそうだね、私も疲れて……あ」

「ん?」

 しきりにメンズファッションについて調べていたマリンのスマホに、一件の通知が来る。

 いや、チラッと見たところ、一件どころじゃない、全て返信するのに丸1時間はかかりそうなほど、連絡が来ていた。

 『バレー部のキャプテン』としての、マリンへの事務連絡もあるのだろうけど、流石の人望だ。

 僕とは、人脈の規模が違う。

 まあ、僕の場合、脈とかないけど、死んでるけど、かろうじて姉という社会的な生命維持装置せいめいいじそうちに繋がっているだけだけど。

「これ……参考になるかも」

「どれ?」

 マリンがスマホの画面をこちらに向けてくる。さっきの通知は、部活の後輩からだったようだ。

 彼女から送られてきたという画像を見る。(僕が見てもいいのだろうか?)

 そこには、後輩らしき女の子と、この世のものとは思えない美貌びぼうを誇るイケメンがツーショットで写っていた。

 なんだ、ただのリア充か。

 男の方は、只者ただものじゃなさそうだけど。

「いや、その人は男性じゃないよ」

「え?」

 マリンは、画像と共に送られてきたメッセージを読み上げる。『先輩! 待ちに待った宝塚のミュージカルを見に行ってきました! しかもなんと、憧れのタカラジェンヌさんとツーショットまで撮れちょいました! 嬉しくて死にそうです!』

 誤字にも気づかず送信するくらいだから、よほど興奮していたのだろう。

 いい休日の過ごし方じゃないか。

 確か、宝塚のチケットは入手が相当難しいのではなかったか? 本当に『待ちに待った』のだろう。

 それはさておき、なるほど、あの人間離れしたイケメン(むしろハンサムって感じだが)は、女性だったのか。

 後輩女子も、一年生とはいえバレー部に入るくらいだから、それなりに背も高いだろう、しかし、写真のジェンヌは、その子に合わせて身をかがめていた。つまり、相当身長が高いと推測できる。

 参考画像どころか、模範解答もはんかいとうだった。

 着ている服も、舞台衣装ぶたいいしょうではなく、比較的カジュアルな服装だった。これなら、ショッピングモールでも、難なく揃いそうだ。

 ここにきて、マリン(正確にはその後輩)から、最強のカードが提示された。

 女性に男性にも、何者にもなれるジェンヌというカードは、この場におけるジョーカーと言っても差し支えないだろう。


********************


 そうして僕とマリンは、駅から少し離れた、商店街からも外れた、寂れた場所にあるショッピングモールまで、はるばる足を運んだ。

 おそらく車で来ることを想定しているのだろう、周囲のだだっ広い敷地は、一面、駐車場になっていた。

 店内に入り、アパレルのお店を順に回る。

 「お手本」があったため、服選びは、これまでにないくらい、順調に進んだ。

 最高のものを見つけることができたが、試着室前は長蛇の列だった。制服の上から当てただけでも、サイズ的に大丈夫だと分かったので、そのまま買うことに

なった。

 レジ前も同様に長蛇の列だった。そこでマリンだけ列に並び、体力の限界だった僕は、外のベンチで待っていた。


********************


 ……ここまでが、僕に残っている記憶である。

 まるで、途中で記憶を失ったかのような言い方だが、実際は、そんなことはない。

 実際に失ったのは、意識の方である。

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