第2話:僕も歩けば彼女に行き当たる
「あれ? ひょっとして霞くん?」
「あ、
「驚いた……こんな場所で会うなんて、奇遇だね、何してるの? 買い物とか?」
今日は日曜日、天下の休日である。
この日僕は、久しぶりに家から遠出をして、この街までやってきたのだった。
具体的に行く場所があったわけではない。目的は、この街に無数にある古本屋だった。
少し懐かしい雰囲気の漂う街、そこに転々と並ぶ、歴史を内包したようなこじんまりとした書店。
言ってみれば、そういうノスタルジックな雰囲気を感じるために、ここに来たのだった。
我ながら、休日に普通の男子高校生がやることではないと思う。
もとより(特に体つきや健康状態が)普通とは程遠いので、今更気にすることはないが。
そして、人の少ない午前中に
先程は『あ、滝眺さん』などと、相手から声がかかって初めて気づいたみたいなリアクションをしたが、実はそれよりずっと早くに、僕は気づいていた。
なにせ、あの身長である。
ホームから改札に流れる人の波の中でも、文字通り、頭一つ分抜けていたのだ。
しかも女性である。仮に知り合いじゃなかったとしても、無視できる自信がない。実際、彼女が大勢から注目を集めているのが、遠目からでも見て取れた。
しかし、知り合いは知り合いでも、ただのクラスメイトである。席替えをした今でこそ、座席は前後という近い関係性だが、別に、だからと言って普段から会話をするわけではない。(彼女は授業中に後ろを向いたりしない)
そして僕は、街で知り合いに会うと、無条件で身を隠すという悪い習性を持っている。
だから彼女を見た時も、すぐに身を隠そうと、そこまでしなくても、周りの人に溶け込んで通り過ぎようと、そう思っていたのだ。
しかし、見つかってしまった。
こちらから背の高い彼女を見つけるのが容易であるように、逆に、視点の高い彼女から、こちらを見つけることも容易だったのだ。
改札前を避けるように2人して移動する。最初の挨拶だけで終わりそうにない。
なるほど、街で知り合いに会ったらこのように会話を続けるのだな、と、僕は1人、密かに、人との接し方を学ぶのだった。
「買い物というか……散歩みたいなものだよ。ええと、滝眺さんは?」
「私はこれから買い物」
「そっか」
今日はこれから暑くなるみたいだから気をつけてね。
なんて最後に言って、それで解散するのが普段の僕だ。
しかし、この日、この時、つい、言ってしまったのだ。素直に思ったことを。
気になったことを。
「一人で?」
「そうだけど……なんで?」
彼女は、首を傾げて、質問に対する疑問を返す。
ちなみに僕は彼女との身長差のせいで、さっきから首を、
かなり苦しい体勢である。
「いや……いつも友達とかといるイメージだったから、今日、一人で買い物してるのが意外で……」
「ああ、そっか。そうだよね……」
本当に、なんて事のない世間話のつもりだった。
男子の世界では、別に一人で出かけたり、買い物をしたりするのは普通のこと。だから、霞の中では、その言葉に、それほど重要な意味はなかった。
しかし、彼女にとっては、特別な意味を持っていたようだ。
授業で当てられても、教室で友人と話していても、あれだけ
言う言葉に迷っている?
もしくは、言葉を言うか迷っている?
二人の間に、沈黙が流れる。
耐えかねた僕は、『じゃあまた学校で』なんて便利な決まり文句を言いかけた。
その直前、
「あの、霞くん、もし、この後、時間があったら……で、いいんだけど」
彼女から、時間がなくても断れないような、芯の通った強い声で、思いがけない提案をされた。
「買い物、付き合ってくれないかな?」
このまま帰るはずだった僕に、予想外の予定が決まった。
********************
それから10分後。買い物に出かけた僕たちはどうなったかというと。
「私は……この日替わりパンケーキのセットにするよ、霞くんは?」
「じゃあ……同じやつで」
「それだけでいいの? 遠慮しなくてもいいのに」
「大丈夫、さっき、朝ごはん食べたばかりだから」
駅前の、とあるカフェに入っていた。
どうしてこうなったかというと、単純に、滝眺さんが『お昼ご飯がまだだから食べたい』と言い出したのだ。
まあ、ちょうどお昼時であり、そのこと自体には何の問題もない。僕も、付き合いでついて行った。
しかし、お店に入り、席に着くなり、彼女は、『霞くんもお昼まだだよね、奢るよ。買い物に付き合ってくれるお礼の先払い』なんてことを言い出したのだ。
最近は、どうも過剰なお礼を貰ってばかりである。
……まあ、流石に先日の一件は過剰を通り越して『過度』とか『非常』と形容したいレベルだけど。
マリンの、いくら断っても断りきれない、律儀オーラに押され、むしろ断ることは非情な行為なのではないかと錯覚するほどだった。
そこでお言葉に甘え、生まれて初めて食べる、甘いパンケーキをいただくことになった。
因みに、さっき僕は『朝ごはん食べた』なんて言っているけど、もちろん食べてない。
今朝は姉から貰ったプロテイン入り豆乳を飲んだだけだ。それも、飲んですぐに
なので、割とお腹は減っていた。
霞は、しばらく眺めていたメニューから顔を上げる。
マリンと目が合う。
彼女は、注文してから、メニューを見ることも、スマホを見ることもなく、ただじっと前を向いて座っていた。
……雑談力を、試されている?
別にそんなことはなく、ただ単にそういう生真面目な性格なだけだと思うが、僕はひとりでいる時はともかく、人といる時の沈黙が苦手だ。
何もしていないのに、何か悪いことをしている気になってくる。
自分の存在が、罪悪感になる感じ。
「制服……なんだ」
「え?」
「いや、滝眺さん、休日でも制服なんだなって」
いくら僕でも、雑談のセオリーくらいは知っている。
第一に天気の話、しかし、これは切り出した後の会話を続けるのが、著しく困難であるということも知っている。
第二に今いる場所の話、しかし、これはこれから買い物に行くときのために取っておいた方が得策であると判断した。
そこで選んだ第三の選択肢、相手の見た目についての話である。通常は、ファッションや小物について言及するべきなのだろうが、相手の格好は優等生そのもの、クセなし、アクセなしの、フォーマルな制服である。
だが、このシチュエーションでは有効な択だと思った。
だって、普通、休日に1人で制服で出歩かないだろう? 相手が男子であれば、街で出会った瞬間に何事かと問う。そこには何か理由があるはずなのだ。
例えば……この後学校に行く予定がある、とか。
と、思っての発言だった。
全く……学習しないな、僕は。だからその男子の『普通』を適応しちゃダメなんだって。
「服が、ないんだ」
マリンは、少し迷った後で、短く、そう答えた。
「……え?」
マリンの家は、実は貧乏だった?
いや、そうじゃない。霞はすぐに正しい返答を導く。
「あ、そうか、背、高いもんね。モデルみたいに」
「モデルだなんて、やめてよ」
確かにそれは少し大袈裟だったと、自分のアドリブを呪う。
でも『バレー選手みたい』と言うのもおかしいよな。現に、彼女はバレーをしているのだし。
それは褒め言葉ではなく、『背が高いね』と事実を
「そう、実は、私の身長に合う服がなかなか無くて……最近、休みの日は、ずっと洋服探しをしてるんだ」
「なるほど……だから今日も服を買いに来たんだ?」
コクンと頷くマリン。
それを聞いた僕は、駅での疑問が再度浮上する。
「けど、服を買うなら、それこそ、友達とかと一緒に来た方がいいんじゃないか? 僕、ファッションとか流行とか、何より女性服のことなんて分からないよ」
「最初は友人と一緒に行ってたんだけど……やっぱり、こうも身長差があると、ファッションについて、全く会話が噛み合わないんだ」
なるほど……女子の平均身長が確か160いかないくらいだから……彼女と、最低でも20cmの差か。
それでは選ぶ服のサイズや形、ジャンルさえも、ずいぶん異なって来るのだろう。
「ちょっと待って、僕の身長、背伸びしてやっと160cmくらいなんだけど……しかも性別も男で、服選びに全く役に立たないんじゃないか?」
「いや、そんなことはないよ、男性服については霞くんの方が詳しいだろうし……背の高い友人とかもいるでしょ? そういった知識も借りたい」
男性服も視野に入れているようだ。滝眺さんの気の入りようが窺える。
ただ、あいにく、僕に背の高い友人はいない。
背の低い友人もいないけど。
だから、頼りになるのは僕の知識と……。
「まあ、滝眺さんの力になれるよう、出来る限り頑張るよ」
「ありがとう! ところで……『滝眺さん』とあまり呼ばれ慣れてなくて、違和感があるんだけど、下の名前で呼んでもらうことはできる?」
「あ……じゃあ、『マリン』さん……?」
「うん、そっちで」
マリンが、ニコッと笑顔を見せる。そういえば、こんな笑顔を見るのは初めてかもしれない。
学校でも、『万凛』の名前の通り、いつでも凛々しい表情を見せているから。
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