第8話:エピローグでありピロートーク

「ーーっていうことがあったからさ、いや、なかったとしても、今後、僕の名前で通販するのやめて」

「えー?」

 その日の夜。霞は布団に寝転がりながら、同居人である姉に、そう懇願こんがんする。

 姉は、同じように、同じ布団で寝転がりながら、気のない返事をする。

 霞は仰向け、姉はうつ伏せの体勢で、会話を続ける。

「だってー、恥ずかしいじゃん、女の名前で、そんな卑猥ひわいなもの買うの」

「僕の『かすみ』より、姉ちゃんの『みのり』の方がよっぽど男らしいと思うよ……あと、卑猥なものとか言うのやめて、立派な健康器具だから、あれ」

「じゃー別に霞の名前で買ってもいいじゃーん?」

 ぐ、見事に論破されてしまった。

 思えば大学生の姉に、これまで一度だって討論で勝った記憶がない。屁理屈に至っては、これから一度だって勝てる希望がない。

 男女では三倍近く、普段のコミュニケーションの情報量に差があるそうだ。おまけに僕は陰キャ高校生、姉は陽キャ大学生。年齢以上の習慣の差というか、習性の差がある。

 彼女が和尚おしょうさんだとするならば、僕の知性など馬レベルだろう。

 馬耳東風なのも、馬の耳に念仏なのも、姉の方ではあるけれど。

「それで、どうしたの?」

「え? 電マなら姉ちゃんの机の上に置いといたけど」

「そっちじゃなくてー」

 枕に顔を埋め、足をバタバタさせる姉。風が送られて寒いからやめてほしい。

「その……レオンちゃん、だっけ? とのその後だよー……お望み通りやってあげたの?」

「まさか」

 僕は、落ち着きのない姉の足を、上に自分の足を乗せることで止めながら、その後の顛末を話す。

「EMSとか言われる腹筋マシーンは、筋肉をつけるものだから、ついてる筋肉は細くならないよ、とか、そもそも科学的に効果があるのか怪しいよ、とか説明して、断ったよ」

「なんだー残念だったねー」

「僕をなんだと思ってるの……」

「霞じゃなくてー! ああもう! いいや」

「僕じゃなくて、なんだよ……姉ちゃん?」

 何度か呼びかけるが、反応がない。

 足も大人しく、布団の中に収まっている。

 眠ってしまったようだ。

 霞も、眠るために、目を閉じる。

 自然と、昼の記憶がフラッシュバックした。


『だから、今日までの、私の気持ち、受け取って……』


「ッーーーーーーー!」

 霞は静かに悶絶し、姉に背を向けるようにして横向きになる。

 夜空には、獅子座ししざが輝いていた。

 今日の夜は、とても、眠れそうにない。

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