第7話:不届き者のお届け物も困りもの

 無事に荷物を受け取り、部屋に戻ると、案の定レオンは、大変不機嫌な面持おももちで、椅子にどっかり座り込んでいた。

 そそくさと、届いた荷物を仕舞おうとする霞に、声がかかる。

「何が届いたの? ……よっぽど大事なものなんだ?」

「え?」

「見せて」

「は、はい」

 レオンの、有無を言わさぬ語気に負け、霞は言われるままに荷物を持ってきて、レオンの前に置く。

「何それ?」

「実は僕もわからないんだ、普段通販とか使わないし……」

「でも名前、『朝山霞』になってるよ?」

「うん……」

 レオンが段ボールを指さす。

 届いた段ボールの宛名は、確かに僕になっている。

「品目は……『パソコン部品』?」

 何か、嫌な予感がした。 

「ま、開けてみればいっか。いいよね?」

「あ、ちょっ……」

 霞の制止は間に合わない。

 レオンは、封をしているガムテープを丁寧に剥がし、そして開ける。

 クッションを掻き分け、中から出てきたのは、マッサージ機だった。

 電動の、手で持つタイプの、マッサージ機だった。

 いわゆる電マである。

 そんなものを、勿論僕は買っていない。こんな物を自宅に送りつけられるような悪戯をされる、心当たりもない。

 ならば答えは一つ。

 それは、この家のもう一人の同居人、姉の買ったものだった。

 よりによって、何故僕の名前で……!

 姉への悪態と、説教の言葉を考えている間に、レオンは段ボールから中身を、箱のまま取り出し、しげしげと眺めている。

 一体どう弁明すれば、姉の買ったものだと信じてもらえるだろうか……?

「これって……」

「あの、それはですね、えっと」

 しかし、姉の名誉のためには、俺が泥を被るべきなのか? しかし、何に使うのかと聞かれて、上手く答えられる自信がない。使い方さえ、想像できない。

 いや、なぜ僕がそこまで気を回す必要があるんだ……! 素直に姉のだと言い通せばいいじゃないか。本当のことなのだし。

 霞の逡巡をよそに、レオンは箱から中身を取り出して、一通り眺め回した後で言う。

「やっぱり……! 部室にあるやつと同じだ!」

「……は?」

 部室にあるやつと同じ?

 部室にあるやつ⁉︎

 部室にある⁉︎

 電マが? うちの高校の女子バスケ部の部室に⁉︎

 バスケ部じゃなくて……スケベ部だったのか⁉︎

 霞の動揺をよそに、レオンは、その使い方を語った。

「私は使ったことないけど、後輩が言うには、ピンポイントで体がほぐれるらしいね。ストレットと併用して。ねえ? 使ってみてもいい?」

「ん、あ、いいよ」

 良かった、正しい使い方をしていた。

 いや、だって、マッサージ機だもんな、変な想像をする方が間違っている。Aから始まる大人向けビデオのせいだ。

 レオンはそのマッサージ機を手に持って周りをキョロキョロと見回す。

「コンセントどこー?」

「ああ、こっちにあるよ」

 といっても、見つけにくい場所にあるので、電マ(なんで省略するとこうもいやらしいのか)をレオンから受け取り、コンセントを繋ぐ。

 電マをを返そうとしたら、レオンは、椅子に乗ったまま、何故かこちらに背中を向けていた。

「レオン?」

「ね、背中に当ててくれる? そこが今一番ってるんだけど、自分じゃ届かなくて……まあ、だから余計に凝ってるんだけど」

 やましいことは何もない。

 霞は、自分自身に何度も言い聞かせる。

 これはただのマッサージ機、するのはだたのマッサージだ……!

 使ったことはなかったが、本体にはダイヤルが付いているだけ。これでスイッチと強弱の調整を一気にできるらしい。非常に分かりやすい構造だ。

 日本人のものづくり精神というか、職人気質を垣間見れる。

 ひとまず真ん中くらいの強さに設定する。ヴーン、と、モーターの唸りが聞こえる。

 考えるな……余計なことを考えるな……。

 霞は、恐る恐るといった風に、レオンの背中に当てる。ひとまず、肩甲骨のあたり。

「……どう?」

「ん……」

 最初に当てた瞬間、レオンの体がちょっと跳ねた気がしたが、それ以降、彼女からの反応が途切れる。

 ちなみに僕は、コンセントを刺すときに椅子から降りているので、床で中腰前屈みの姿勢である。

 なんだこの絵面……。

「もうちょい下……腰の方がいいな」

「……了解」

 かなり振動が来ているのか、レオンからの指示は震え声だった。

 霞は、背中に当てていた電マを、そのまま下になぞるように動かす。

「んん……ふ、……ん……」

 レオンの口から、吐息と共に、変な声が漏れ出た。痙攣するように、腰も反っていっている。

 霞はその機械音とレオンの声を中和するように、あえて間の抜けた声で塩梅あんばいを訊く。

「こ、この辺でいいかー……?」

 レオンがストップをかけなかったため、腰、というよりも、殆どお尻のあたりまで来てしまった。

 しかし、レオンからの反応がない。

「あの……」

 沈黙。

 ただ、バイブ音だけがやたら大きく響く。

「ーーそうだ……いいこと思いついた!」

 突然、レオンがパッと顔を上げ、沈黙を打ち破る明るい声を出す。

 霞はそれに驚いて、一瞬、電マから手を離しそうになる。

 いいこと……?

 なんだろう、なぜだろう、嫌な予感がする。

 そんな霞の心配をよそに、クルッと、椅子を回転させたレオンが目の前に現れる。

 その顔は、運動後のように火照っていた。

「お腹をブルブル振動させて、ウエストを細くする美容器具ってあるよね⁉︎」

 EMSのことだろうか? 

 体につけてスイッチを入れるだけで、電流だか振動だかで脂肪が燃焼し、勝手に痩せていくという……胡散臭いやつだ。

「あるけど……それがどうかした?」

「『それ」も同じように、振動するよね?」

「まあ、そうだけど……」

 レオンは霞が手に持つ……今も振動を続けている機械を指さす。

「だったら……!」

 レオンが嬉々として何を言い出すつもりなのか、霞は薄々勘づいていた。

 しかし、止める手立てがなかった。

「私の太ももに当ててよ! 細くなるかもしれない!」

 ヴーンと唸りを上げる電マを持つ、霞の手が、震えた。

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