第3話:そのドキドキは、サファリパーク

「……授業終わりましたよー」

「……むにゃ」

 隣から不定期的に流れてくる寝息や寝言を聞きながら、1時間目の国語の授業が終わった。

 あらゆる悩みから無縁の、幼子のような幸福な笑みを浮かべて、眠りについているレオンを起こすのは、大変心苦しかったのだが、次の授業は移動教室、このまま放置は出来ないので、意を決して声をかける。

 運動部への偏見その2、寝起きが大変不機嫌。

 このプレッシャーは、エネルギー満タンで寝ている野生の肉食獣を起こすようなものだと思って欲しい。

 しかし、起きない。

 しかし、放置はできない。

「起きろー……レ、レオ……ン……」

 普段呼ばれ慣れている単語の方が反応しやすいのではと思い、下の名前で呼びかける。

 男っぽい名前で助かった、まだ呼びやすい。

「うーん……カスミ……ン」

「起きたか?」

 レオンが顔を横に向ける。

 起きていなかった。まだ夢と現が7対3くらいだった。

 自発的に起床するのを待っていたために、時は経ち、もう教室には誰もいない。

 僕たちも、早く行かなければならない。

 覚悟を決めて手で、肩の辺りを揺する。

 このプレッシャーは、寝ている野生の肉食獣に手を差し伸べるようなものだと思って欲しい。

 少し強めに揺することで、ようやく反応があった。

 薄目を開けたレオンは、恍惚とした表情で、ポツリと呟く。

「ダメだよカスミン……こんなとこで、そんな……」

「夢の中でカスミンとかいうやつに何をされているのかは知らないが、ここで僕がやっていることは正しい行為の筈だ! ほら! 起きて!」

 その声によって、レオンは、パチっと、ようやく目を覚ます。そして、周りをキョロキョロと見回す。

 うーん……獲物を探す猛獣のようにしか見えない。

「誰も、いない……?」

「ああ、もうみんな次の授業の教室に移動した後だ。僕たちも早く……」

「待って」

 移動しようとした霞の手首が掴まれる。

 袖口を『キュッ』とではなく、手首の、振り解けない位置を『ガッ』と。

 手を繋がれたっ! よりも、捕まった! と真っ先に思ってしまった。

 何事かと、恐る恐るレオンの方に振り返る。

 何故かレオンの方が、少し驚いた表情をしていた。

 いやそんな……『私の手が勝手に』みたいな顔されても……。

 手は掴んだままで、彼女は少し口籠もりながら話し出す。

「ちょっと……最近悩み事があって、それで、相談したいんだけど……良いかな?」

「え? ああ」

 悩み? 相談? その内容も気になるけど、なぜ僕に?

 もっとこう……親しい人、友人とか同じ部活の人とかにするものじゃないのか?

 いや、案外僕くらいの浅い関係の方が話しやすいのかもしれない。

 例えば人間関係。親しい人では間接的に悩みの元凶に伝わってしまう可能性がある。

 例えば深刻すぎる悩み。心内が知れているからこそ、相手に過剰な気遣いをさせてしまう恐れがある。

 どちらにしても、ご指名とあれば、無下に断ることはできない。

 首根っこならぬ、手首根っこ押さえられてるし……。

「良いよ、力になれるかは分からないけど……少なくとも、秘密は守ると約束する」

「ありがとう! ……それじゃあ、ここだとちょっと話しにくいから」

 レオンの表情が、不安から少し晴れ、生き生きとしたものになった。

 悩みがあることを告白する。悩みを打ち明けられる相手が見つかる。それだけで、人を安心させるのに十分なこともある。

 案外、僕の役割はこれで果たせたのかもしれない。

 レオンの表情の変化を見て、そんなことを考えて安堵したのも束の間、次の瞬間、次の一言で、霞は、今年一番の緊張を強いられることとなった。

「今日……家行っていい?」

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