第3話 苛立ち

「何を言っているんだ! それくらい自分で判断しろ! 」

思わず大声で怒鳴ってしまい、私は、はっと我に返った。

目の前には戸惑った様子の部下が立っている。

戸惑うのも当然だ。他でもない、私自身が赴任後に部下にこう言ったのだから。

「仕事のことなら、どんな小さなことでもいい、相談してほしい。一緒に考えていこう」

部下はそのとおりにしただけだ。

なのに私は何を言っているんだ。

「すまない。少し気が立っていたんだ。相談してくれてありがとう。その案件は、こう進めよう」

私は部下に謝り、自分の考えを話した。


ヒソヒソ。

他の部下達が私の方を見て何か話している。

無理もない。

最近の私は、おかしい。ほんの小さなことでも苛々し、その苛立ちが顔や声、時にはさっきのように直接言葉となって出てしまう。

部下は何も悪くないのに。そんなに苛々する程のことでもないのに。


以前の私は、こうだったか。確かに、仕事が多忙を極めたときには余裕をなくしがちだった。だが、ここまで人の発言や行動に苛々していたか。

いや、それだけではない。

最近、色んなことが気に障って仕方がない。コンビニの店員のもたつく動き。道を塞ぐ子供達の大きな声。なぜだ。なぜ皆、私を苛々させるんだ。なぜだなぜだなぜだ――

そしてなぜ、私はこんなに苛々しているんだ。


今日はもう仕事にならない。私は定時に仕事を切り上げ、早く帰ることにした。


コンビニで買ったつまみと酒が入ったビニール袋を片手に下げ、私は部屋の灯りを点けた。

相変わらず、段ボール箱は山となって積まれたままになっている。

あれから休日の度に箱を開けては結局ぼんやりして時間が過ぎ、片付けは一向に進んでいなかった。

まあ、いい。食事はこうやって買えばいい。腹に入れば一緒だ。寝る場所と着替えがあれば生活には不自由しない。

そう思いながら、私はベランダに干したままになっていた洗濯ものを取り込んだ。まだ早い時間だというのに、既に洗濯ものは湿っていた。

いや。

ろくに陽が差さないこのベランダでは、どうしても洗濯ものが乾きにくいのだ。

仕方がない。私はとりあえず洗濯ものにもう一度ハンガーを通し、浴室に干すことにした。浴室の換気扇を回せば、明日の朝には乾く。風呂は朝にシャワーを浴びればいい。

私は床に寝転がり、缶ビールのタブを開けた。

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