第2話 違和感

なぜだろう。やけに疲れている。

私は重い体を引きずりながら、社宅のエレベーターのボタンを押した。


赴任から10日目。

△△支店の業務は、これまで行っていた業務よりも量は多かったが、内容そのものは以前のそれと同じであったし、何より部下の数が多く、業務の割り振りが容易で、思っていたよりも難しいものではなかった。

ただ、年度途中の異動ということもあり、見知った顔が周囲になく、誰が誰なのか覚えるところから始まり、しかし仕事は容赦なく次から次へと処理しなければならず、意外に多忙を極めていた。

そのせいか、以前よりも帰宅時間は遅くなる日が続いていたが、赴任当初はこんなものだろう、そう思っていたのだが・・・・・・。


トシのせいか。疲れやすくなっているのかもしれないな。

頭を振りながら、私は部屋の扉を開けた。

目の前に段ボールの山。

ふう。

引っ越し初日は何とか寝床と食事を摂る場所は確保し、その後は少しずつ片付けていこう、そう思っていたのだが、平日はどうにもその意欲が湧かず、また、引っ越しから最初の週末は、何となく頭が痛く、ただただ横になって無為に過ごしてしまった。

当然、台所は自炊ができるような状態になっておらず、ここ10日間は近くのスーパーの惣菜を買って食べている有り様だ。

これでは疲れが取れないのも当たり前だな。

次の週末こそ、頑張って荷解きを済ませよう。

私はそう思いながら、着替えて部屋に横になった。


しまった、洗濯をしていない。

まあいいか、まだ着替えはあっただろう。段ボール箱のどこに入れていたかな。

そう思いながら、私はいつの間にか眠りに落ちていた。


そして、次の週末。

私は布団の中に潜りながら、手元の目覚まし時計を見つめた。

既に午前10時。

とっくに目は覚めていた。しかし、どうしてだろう、起き上がる気になれない。

これでは先週と同じになってしまう。今度こそ、荷物を片付けなければ。

しかし、時計を見なければ、今が何時なのか分からないな。

薄暗い部屋の中で布団にくるまれながら、私はため息をついた。

せめて窓際なら、多少は陽が差し込むだろうか、そう思って寝床はベランダに出る窓の側に作ったが、まったく太陽の光を感じられない。

私は重い体を起こして、カーテンを開けた。

――晴れていたのか。

太陽はとっくに高い位置に昇っている。しかし、相変わらず、その光はベランダの隅の方にしか差し込んでいなかった。

全く、これじゃ、洗濯をしても乾くかどうか。

これまで溜め込んだ汚れ物を洗濯機に投げ入れながら、私は憂鬱な気持ちになった。

洗濯機が回っている間、私は段ボール箱の一つを開けたが、開けた瞬間に、なんだか嫌な気持ちになった。これを一つひとつ開けてはタンスや物入れにしまっていくのか。

引っ越しはこれが初めてではない。

私の業界は定期的に転勤があり、これまでにも数回、引っ越しを経験している。

確かに荷解きは面倒で疲れるが、それをしないと生活しづらいのも事実で、今までも引っ越し後の週末か、その次の週末には全ての荷解きを終えて部屋を片付けていた。

時には妙にインテリアに凝ってしまい、なかなかにお洒落な部屋にしたはいいが、かえって掃除がしづらくなったこともあったっけ。あれは何年前のことだったかな。

――ピーッピーッ。

その無機質な洗濯機の電子音にはっと我に返ると、既に正午を回っていた。

洗濯が終わったのか。一体どれくらいぼんやりしていたのか。

荷解きは何も進んでいない。

自分は何をしているのか。自分はこんなに無気力な人間だったか・・・・・・?


私はどうにも違和感を拭えなかった。

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