172.ばくだんはつげん

「ところで」


 こほん。

 マイガスさんがひとつ咳をして、それから俺の顔をまじまじと見てきた。何だ、何か憑いてますか?


「俺たち、というかうちの国ではどうしようもない相手が一人いるんだが、そこら辺どうするつもりだ?」


「え」


 いや、どうしようもないとかなんですか。アシュディさんやマイガスさんならともかく、ゴルドーリアでどうしようもない相手っていましたっけ。

 なんてことを考える前に、アシュディさんが答えをずばりと出してきた。


「やあねえ、王帝陛下よお」


「あ」


 王帝陛下。クジョーリカ・ベンドル十五世陛下。ベンドル王帝国の一番えらい人なので、当然ゴルドーリアの国民から基本的にツッコミは入れられない……と思う。

 というか、王帝陛下もファンランたちやセオドラ様たちと一緒なのか、と考えて。


『この地にいる限りでは自分とシノーペ殿と王帝陛下、あとセオドラ様とリコリス様もでござろうね』


「そういえば、ファンランにそんなこと言われた気が」


「あら。ファンランちゃん、しっかり分かってたのねえ」


 うん、しっかり分かってたらしい。二人のツッコミから察するにファンランは、そういう意味でのライバルの一人に王帝陛下をカウントしてた、ってことになるのか。ベンドルに不敬罪ってありましたっけ!?


「妾がどうかしたか?」


「ごふっ」


 いや、本気で不敬罪に問われてもおかしくないだろう、このタイミング。

 いきなりちっこいメティーオ連れて現れた王帝陛下に、慌てて頭を下げる。ゴルドーリア国内では一応捕虜と言うか保護というかそういう扱いだったけど、ここは彼女の国なんだから。


「ああ、楽にして良い。だいたい、妾を前にかしこまったことなどなかろうが。なあ、メティーオよ」


「きゅあ」


 王帝陛下も、ゴルドーリアでのんびりしていたときのことを思い出してるのかメティーオと顔を合わせて頷き合う。まあ、そういうことならこちらも普段のように話しさせてもらうか。


「脅かさないでくださいませ、王帝陛下」


「気にしなくて良いぞ。何しろ、自分で書類を持ってくるくらい人のいない、敗国の長だからな」


 はっはっは、と何やらお友達のようにアシュディさんと笑い合う王帝陛下。シオンがちゃんとした大宰相だったら、それなりにきちんと国を治められてたんじゃないだろうか、この人。というか、書類?


「ああ。ベンドルの財務関係の書類をな……一応敗残国であるし、しばらくの間ゴルドーリアの属国ということになったので持ってきた」


「いや軽く言いますねそういうこと!」


「といっても、ご覧の通り見事な貧乏国であるからなあ。ゴルドーリアの援助を受けて少しでも良くなれば、民にかける苦労が少なくなるでな」


 あーもうさらっとそういうことおっしゃるから、王帝陛下。何だかんだで憎めないひとなんだよね……いい主につけたな、メティーオ。

 なんてことを考えている最中に、王帝陛下ご自身が爆弾発言をされた。


「で、まあ、キャスバートとの縁談、というか見合い話なのだが。出されそうになって引っ込められた」


『は?』


「ゴルドーリア王がな、ちょうど年齢も合いそうだしどうだろうと言いかけてそばに付いていた軍の司令官……ラッツェンだったか、に思いっきり怒られていた。本人の話を聞かずに勝手に進めるなどとは、ゼロドラスとやらと同じことではないか、とな」


 うちの国王陛下が大変に失礼なことをぶっこいたようでほんとうにごめんなさい、その気持ちは俺含めて三人が全く同じように持ったため、即座に頭を下げるしかなかった。

 つーか、よく分かった。元王太子殿下、国王陛下の息子だわ。変なところが似ていたんだな、うん。


「我が国の王が大変な失礼を……ラッツェン司令官が同席していてよかった、としか思えませんな」


「クリスちゃん、そこら辺奥方にがっつりしつけられたみたいですものね。ほら、ドヴェン辺境伯家のキララ様だから」


「おお、戦上手のドヴェンか。あの家の娘を妻として迎えた男であれば、しっかりした心持ちであるわけだ。なるほど」


 よくわからんが、王帝陛下にとってはドヴェン辺境伯家って印象がいいのか。一応、ガチでやり合った敵ですよね、確か。


「こそこそ裏で陰謀巡らせるより、正面からぶつかって叩き潰されたほうがまだ良いのだ」


「……シオンよりは悪くない、と」


 にっこり笑ってそうおっしゃった王帝陛下、多分比較対象がひどく間違っております。

 まあとりあえず、国王陛下については司令官と……あとこっちでなんか黒い笑い浮かべてる二人の団長にお願いすることにしよう。たかが辺境の村長の身で、何ができるわけでもないし。


「ところでキャスバート」


「はい?」


 ずい、と目の前に王帝陛下のきれいなお顔が迫る。ああうん、北の国で生まれて育ったこともあって白くて整ってるお顔だなあ、と一瞬見とれかけたわけなんだが。


「婿に来なくても良いし、妾が嫁に行くことも出来ぬのだが。子種はいつでもウェルカムであるぞ?」


「メティーオ! お前の主、どういう教育されてんだー!」


 シオンがいなくなったせいかなんか気楽になったのか、とんでもないことおっしゃりやがりましたよこの人。

 うんまあ、次代につなぐためなら子種必要かと思いますが、俺まだ経験ないですからねー!


「きゅあ、きゅきゅきゅあ!」


「あーもー、誰でもいいから今のベンドルの偉い人呼んできてちょうだい! 王帝陛下引き取ってもらうから!」


「あ、俺行ってくる!」


 いそいそと出ていくマイガスさん、絶対この状況から逃げたな。くそう、当事者じゃなければ俺がその役だったのに。

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