137.分断

 ひとまず、馬車を停止させる。同行の部隊にも停止を指示して、俺は馬車の戸を開けた。

 降りながら、こちらに連絡をしてきた兵士さんと向き合う。……俺が降りた後ろを、猫が二匹駆け抜けていったな。


「こちらへの指示は何と?」


「進めるだけ進めという指示が出ております。こちらだけでも急ぐように、と」


 短い質問に、端的な答え。


「後続部隊の道を作るための部隊、と俺は心得ているんだが。その部隊が今の状況を打破して、ついてこられるのか?」


「大丈夫だと思いますよ。とにかく、先を急ぎましょう」


 大丈夫、か。何かこの兵士さん、ひどく武装のサイズが合っていない。あと、馬から降りたほうがいいと思うぞ。


「まあ、いいけど」


「私も、大丈夫です」


「自分は戴く側でござるが、平気でござる。……さて」


 進めるだけ進め、か。実際にそう指示されても、俺たちは特に問題はないんだよね。俺とテムで防御は厚くできるし、同行の部隊に加えシノーペやファンランがいるから敵が来てもなんとかなる。

 でもさ。


「え?」


「サファード様は、そのような雑な指示はしないでござる」


 ふんふんふん、と鼻歌交じりでファンランが縄を閃かせる。馬の上から兵士を引きずり下ろし、その勢いでぐるぐるっと縛り上げる。あ、身体を海老反りにしてまとめた。あれ、持って運べるんだろうか。


「別に進んでも我らは全く構わぬのだが、結論に至るまでが短すぎるのう」


 地面に荷物みたいに置かれた兵士に、獅子の姿になったテムがニヤリと笑ってみせる。牙がくっきり見えるから、慣れてない人にはかなり怖いだろうなあ。


「な、な」


「もしかして、ばれないと思いました? 途中で誰かとすり替わったんですよね、武装の着方が下手くそですもん」


 シノーペ、顔が笑ってない。というか、その握った拳の周りでばちばち言ってるの、雷魔術だよなあ。あまり強いのぶつけたら、いくら何でも即死するだろ、それ。

 と、俺たちの後方……ちょっと遠いところから、遠吠えが聞こえてきた。


「くおおおおおおおおおお………………」


「エークリールの声だな。分断は事実のようだ」


「てことは、エークは今こっちの部隊の最後尾か」


「うむ。敵に遠慮はするな、失礼であるぞと常日頃から言うてある故、案ずることもなかろう」


 ははは、テムが獅子の顔でドヤ顔してるのに偽兵士さんが真っ青になってるよ。

 あのさ、敵の部隊分断するのにどれだけの兵士や魔獣使ってるんだろうね? 道が細くて、かなり長くなってるから……まあ、思ったより少なくても行けるんだろうけれど。それか、途中の崖を崩したりする手もあるし。


「ちなみにビクトールはいかがした? シノーペよ」


「もちろん、こちらの指揮官のところですよ? 今後の指示を仰がなくてはいけませんもの」


 テムの質問にシノーペは、拳から小さな小さな雷をぱりぱりと偽兵士に当てながら応える。あーあ、涙目だし偽兵士。

 まあ、相手が悪かったと思え。


「あんた、ベンドルの人か? 神獣や魔獣の能力、甘く見すぎだと思うぞ」


「ひっ」


「それ以前に、化けるならもうちょっと頑張りましょうよ。ね」


 ね、の一言と同時にばしん、と偽兵士の鼻の頭に雷が着弾した。涙目のまま、白目をむいて偽兵士は気絶しちゃったな。

 ……ま、意識飛ばした程度で逃げられるわけがないんだけど。


「ふーむ。少しきつすぎるでござるかね?」


「こちらを騙そうとしたんだから、まだ軽いと思うぞ?」


「なるほど。ランディス殿の言う通りかもしれんでござるなあ」


 焦げた鼻の頭をつんつん突きながら、ファンランは平常モードである。ま、ひとり縛っただけだしな。

 それはそれとして、今後どうするかだけど……あ、サファード様が部下連れておいでになった。肩にビクトール載せて。


「片付きましたか? ああ、それですか」


「みうー」


「ちょうどいいタイミングですね、サファード様。ビーちゃん、ありがとう」


「ふみゃあ」


 シノーペが声をかけると、子猫は嬉しそうに小さな羽としっぽをパタパタさせる。

 ビクトールがサファード様のところに行ってみゃあみゃあ鳴けば、そりゃこの子の主であるシノーペ周りで何かあったと思ってやってくるわけで。一人で慌ててくるような方じゃないし、当然部下数名は同行する。

 で、その部下の一部に偽兵士さんを持っていかせながらサファード様は、改めて頷かれた。


「後続部隊との分断は事実ですね。多分分かっていると思いますが、今、後ろでうちの部隊とエークリールくんが大暴れしています」


「我が防御魔術を投げておる故、さほど問題はなかろう」


 いつの間に、と思ったけどテムは詠唱なくても魔術使えるもんなあ。今まであまり使ってもらってないのは、敵に手の内を見せたくないからだし。ここから後方にほいっとかけるくらいなら、案外味方ですら気づいてない可能性があるからいいか。


「お心遣い、感謝いたします」


「ふっ」


 サファード様の感謝に、テムはさっきとは違うドヤ顔で応じた。……どちらかと言うと良いぞもっと感謝しろ、というかほめてほめてって感じである。とりあえず撫でよう。


「ところで、どうしましょうか。一旦戻って分断を解消するか、先に進むかですが」


「戻らなくてもいいと思います。ベンドルが何を考えているかは、少しだけ分かりました」


 一応サファード様に指示を仰ぐ。彼の口から帰ってきたのは、今の場にそぐうかどうかは分からないけれど今後を考えるにはいいのかも知れない、ちょっとした推測だった。


「多分キャスバートくん、君と神獣様に早く来てほしいんですよ。それも、あまり他の者が邪魔をしない状態で」

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