130.魔獣襲来
「と、俺たちにできることはありますか。ちょっと難しいことくらいなら、何とかします」
一応、そう尋ねる。個人で勝手にやってもいいけれど、今俺たちは軍の構成員として進軍中だ。司令官にお伺いを立てないと、あちらの都合とかで面倒になるからな。マイガスさんやアシュディさんに、そういう訓練での愚痴は山程聞いてるし。
なお『ちょっと難しい』の基準は向こうで勝手に決めてほしい。なんか最近、自分の考える基準が他の人の考えてるそれとズレてる気がしてきた……まあそりゃ、お付き合いの相手が大概なんだけどさ。筆頭、神獣のテム。
「……わかりました。ランディス殿には、空の監視をお願いします。迎撃のお手伝いもいただければ、助かります」
「はい、監視と迎撃の手伝いですね。シノーペも手伝って」
「もちろんです」
司令官さんは少しだけ考えて、それから指示をくれた。監視と迎撃の手伝い、つまりは魔術師や弓部隊のフォローってことだな。シノーペの膝の上にいたエークがひょいと飛び降りたので、彼女とともに馬車の外に出た。テムは中でゆっくりしてる。
「それと、ファンラン殿」
続けての司令官さんの言葉に、ファンランが「何でござるか?」とものすごくわくわくした顔を向けた。……そうか、敵がいるんだもんなあ。
「このあたりの状況を知っておきたいので、一人縛ってきていただけますか。魔獣が来る以上、魔獣使いもいるということですよね」
「お任せあれでござる」
そして司令官さんは、なんとも的確な作業をお願いしている。あーはい情報源は生きてないと意味ないもんなあ、ファンランが縛って担いでくるのが一番適切だな、うん。
一人で行かせるのか、と思ったが司令官さんは「ヘルガ」と配下の一人を呼んだ。
「部下を連れて、ファンラン殿に同行せよ。おそらく、近くに魔獣使いが潜んでいる。情報源に最低一人、生け捕りだ」
「承知しました。隠密探索は得意ですので、おまかせくださいませ」
やってきたヘルガさんは……あれこの人男性? 女性? どっちかわからないけど、端正な顔としっかりした長身の軍人さんだった。黒っぽい赤毛の天パショート……どうやら俺の遠い親戚、だと思う。赤い色の入った髪って、そういうことだな。
「任せるでござる。では、行くでござるよ、ヘルガ殿」
「はっ。皆、行くぞ」
お互いに軽く頭を下げて、ファンランを先頭にさっさと森の中に消えていった。さあ、その間にこちらはそろそろやってくるだろう魔獣の迎撃準備だ。
「シノーペ、準備は」
「余裕でできてます」
と言っても、魔術師の戦闘準備って要は魔力をいつでも放てるようにするってだけの話なんだけどね。部隊全体にかけた防御魔術は今のところどこも問題ないから、接敵はまだだ。
「我は見物に専念するぞ。せいぜい、愚か者が近づいてきたら警告くらいはするが」
「そうだな。テムはのんびり見物してて」
馬車の中から、まったく緊張感のないテムの声がする。ということは、テムは出るまでもないレベルの敵ってことなんだろう。
……テムは神獣だから、よっぽどの敵が出てこないと緊張感なんてないんだけども。
それに対してエークは、しっかり緊張しながら空を見上げて、鳴いた。
「うにゃーお!」
「北東の空、もうすぐ降りて来ます!」
エークが声を上げて睨んだ方角を見て、シノーペが声を上げた。
もともとうっすらと曇っている空の一部が少し暗くなっていて、何となく鳥の一団に見えるあれが、鳥魔獣の群れだ。ざっと三十ほどか。そんなに大きくはないな、よし。
「ざっと三十! 中型だから、個体を狙うより広範囲攻撃のほうが当たる! そろそろ魔術の射程!」
「了解! 聞いたな! 魔術師、放て!」
『はああああっ!』
大きなお世話だとは思いつつ、ざっと指示を出す。それに頷いて司令官さんが、声を張り上げた。
と同時に、部隊の中のあちこちから空に向かって、風や雷の魔術が撃ち出された。荒れ狂う風と、その外をフォローするように取り囲む稲光が空に向かって飛んでいく。
「きゅあああああ!」
「きゃいん!」
「ぴいっ!」
鳥魔獣の一団にぶつかった瞬間、そこから悲鳴が上がる。わっと広がって魔術攻撃を避けようとする魔獣たちだけれど、魔術の風でうまく飛べなくてバランスを崩したやつが雷に当たったりするので結構命中率はいい感じだ。
でも、速度や飛ぶ方向を変えてうまく避けたやつもいる。それを狙うのが、俺とシノーペ。
「風魔術、タイプ射出、いけっ!」
「雷魔術、時間差、撃ちまーす!」
まず、俺の風を魔獣のいる範囲に撃ち込んで逃げられなくする。準備する時間が短かった事もあって広げれば広げるほど威力は落ちるから、ピンポイントで狙う必要はあるけど。
で、飛びにくくなって混乱した魔獣を狙ってシノーペが雷魔術を撃つ。これも威力は俺のと同様だから、以下省略。とりあえず翼にダメージ喰らえば落ちてくるから、後はどうにかなるだろ。
と思って視線を下に向けようとしたところで、エークが全身の毛を逆立てていた。
「ふー」
「ん?」
ファンランたちが入っていったのと道を挟んで反対側の森から、何やら気配がする。あ、空の魔獣、陽動に使ったかもしかして。
では、こちらもどうにかしよう。
「土魔術、タイプ罠、ランダム!」
「ぎゃんっ!」
地面をぶん殴りながら、気配のする辺りの周辺に魔術を展開する。穴、出っ張り、出っ張り、穴、たまに土が伸びてパンチ。
こう、いろいろランダムな動きで土がトラップを形作る。それにボコ、どす、どさっという見事に引っかかる音がした。
「ふしゃああああ!」
エークの声によく似た声を上げながらどうにか出てきた一頭は、グレーの豹だった。背中には小さなコウモリの翼があるから、もしかしたらエークのきょうだいかもしれないな。
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