108.目的はいずこ
「っっっ!」
黒と赤が、空を舞う。長い長い魔獣の尾の上に一度落ちて、そこからはねて地面の上に転がる。
「くぁ!?」
「妾に構うでない、メティーオよ! その不届きな魔獣を叩き潰せ!」
「くおーおおおおお!」
一瞬怯んだ魔獣に、がばっと上半身を起こしながら王帝陛下が命じた。あーうん、ここで自分優先の命令出さないところはさすがだな、王帝陛下。あと、素直に応じてエークに向き直るメティーオも、ちゃんとしつけされてる。
「ぎにゃああうう!」
片方は鳥の頭をしてるとは言え四足獣同士なせいか、二頭の戦いはパンチの応酬になった。これが猫サイズとかならまだ可愛いんだけどなあ……何しろでかいんで、ぺちぺちじゃなくっとどすどすという地面に響く音がする。
「防御魔術、タイプ全般」
そのすぐそばで観戦することになった王帝陛下、さすがにほったらかしは良くないので防御魔術かけておこう。結界じゃないのは、メティーオとの連携とかに問題が起きないように。
それに。
「……ランディスさん。結界への攻撃が、ひどく厳しいですね」
「だな」
シノーペの指摘した、これ。結界の外に置き去りにしたベンドル軍の、結界への攻撃が何かひどい。弓矢は使われてないけど剣とか、そばに転がってる石とか木の枝とか、数人がかりで岩持ち上げてよいしょとか。
「どれだけ割りたいんだか」
「こちらの魔力との勝負であるな。よし、我が助力しよう」
微妙に揺らぎかけていた結界に、テムが涼しい顔で魔力を流し込んで強化した。あーあ、これであちらに結界解除の目はほぼなくなったぞ。残るは強力な魔術師が、頑張って解除の術をかけるくらいだけど……テムが介入しちゃったからなあ。
「あ」
そんなことを考えているうちに、結界への負荷がまた軽くなった。こちらから見て左の手前、部隊がいたはずだけど沈黙したな。
「ファンラン、また一か所潰したみたいだ」
「スパイ片付けるんじゃなかったんですか」
「まとめてやってるか、そもそも部隊の中に混じってるかだなあ」
ファンランが片付けているのは確実なんだけど、殺っちゃってるのか縛りまくっているのかは不明。どちらにしろ、戦闘不能状態に陥ってるのは間違いないから後で確認しようか……あ。
「分隊長さん。ここから見て左側、エークたちが戦ってるより手前のところで多分、ベンドルの部隊が戦闘不能状態です」
せっかくなので、今待機してくれてる部隊に動いてもらおう。どうせファンランは、また別のところで殺るなり縛るなりしてるはずだし。
「状況確認と生存者確保、でよろしいですか?」
「はい、お願いします。結界の外側なのでそう危なくはないと思いますし、あちらの部隊は結界を破壊する方に集中しているようですが」
「お任せください。行くぞ!」
『はっ!』
で、分隊長さんも出番を待っていたらしく、いそいそと部下を率いて進んでいった。一応、あのへんの結界強化しとこ。ベンドル軍、本気で結界ばかり攻撃してるなあ。
「メティーオ! そのような屑魔獣に苦戦するでない、妾の獣であろうが!」
「きゅいいいいいあああああ!」
「にゃっ! きしゃああああ!」
エークとメティーオの戦闘は相変わらず、でもないな。距離を離して衝撃波勝負になってる。王帝陛下は……あー、メティーオの陰にうまく隠れててあまり影響はなさそうだ。逃げる気は、ありゃないな。
ん、あ。
「……風魔術、タイプ射出、連射」
「ぎゃっ!」
敵意を感じて適当に風魔術を撃ち込むと、岩陰やら木の陰から悲鳴がした。倒れたのは、全部ベンドルの武装をしている相手。ゴルドーリア兵の可能性も考えて足元狙ってたけど、必要なかったかな。
「おや、結界の中にもおったか」
「一人二人はいると思ってたけど」
倒れた音で気づいて、テムがあからさまに不満げな顔をした。というよりは、自分で見つけられなくて不満なんだろ、お前。
「……おお、あそこにもいたな」
だって今、別の気配を見つけたテムはとても嬉しそうな顔をして、翼を羽ばたかせて溢れた光の粒を集めて。
そうして、森の一か所にぶつけたからな。音もなく、ただ木の数本を消し去るように。その中に隠れていた人を、光の粒が檻のように取り囲んだ。
「テムさん、あの方兵士じゃないっぽいんですけど」
「いや、あれは偽装しておるが魔術師だ」
シノーペが言ったように、その人は一般人っぽい服装をしている。ただ、テムが断言したのであればまずは間違いない、と思う。
魔術師なら武器も何も持たずに、魔力があれば様々な攻撃ができるからな。俺も一応、その端くれなわけで。
「部隊に魔術師が同行しているのは、おかしくないだろ?」
「なれば、偽装する理由がないな」
「確かに」
言われてみれば、そうだな。ベンドル軍に魔術師が同行している例はいくつかあるようで、この前の戦でも数名確保されたとか何とか。役割だってそうそう変わりはないし、武装を変える理由もない。
じゃあ、あの魔術師は何のために来てるのやら。
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