90.消化試合

 とりあえず、俺とテムは先行して帰ることになった。

 ……ただし、ふたりだけではなく。


「どうして一人で帰ろうと思ったんですか!」


「エークもいるでござる。我らが同行しても、問題はないでござろう?」


「うにゃー!」


 ……という意見が出たので、テムに俺とシノーペ、エークにファンランが乗って帰ることになった。

 どこで話聞いてきたんだお前ら、と思ったんだが、どうやらサファード様から話が行ったようだ。旧王都を出てくるときに、「さすがに、村長と神獣様を単独でお返しするのは無防備すぎますからね。囮にしやすいとも言いますが」なんて言われたよ。

 囮なあ……どこかに隠れてるベンドル軍残党を引っ張り出したいのだから、確かに囮か。といっても撃破するのも自分たちだろうから、単なる囮ではないよな。


「もふもふー……」


「……あーシノーペ、程々にしろよ?」


 俺の前に乗ってるシノーペは、がっつりテムの首根っこにしがみついている。乗るというよりはテムのもふもふっぷりを堪能しているだけ、に見えなくもない。


「まあ、しっかりつかまっておるのだからよかろう」


「そりゃ、落ちるよりマシだけどさ」


 当のテムが呆れてるので、このまま到着まで放っておくことにするか。確かにかなりの高さを飛んでいるので、落下でもされたら洒落にならないしなあ。


「おお、良い眺めでござるなあ」


「うにゅー」


 一方のファンランとエークは、わりとのんびりした感じに見える。いや、俺たちと同じ速度で飛んでるんだからのんびりじゃないんだけどな。さすがは近衛騎士の一角、ってことか。馬に乗ってるのとそんなに変わらない態勢だもんなあ、ファンランは。

 と、そのファンランとテムが同時に下に視線を向けた。……あー、そろそろブラッド公爵領が見えてくる頃だけど、これはもしかしてもしかするな。


「マスター、シノーペ。雷魔術の準備をしておけ」


 テムのその一言が、俺の予感を確信に変えてくれた。


「いるのかー」


「いるんですねえ」


 俺と、テムにしがみついたままのシノーペはうんざりしつつテムの言葉に従う。魔力を高めて、いつでも雷を降らせることができるように。

 この下のどこかに、どうやら招かれざる客が帰りもせずにこちらを待ち受けている、ということだ。


「おるな。ファンランは落雷後、存分に暴れるが良い」


「お任せでござる! エーク、共に戦うでござるよー!」


「ぐわおう!」


 あ、魔術のあとはあっちに丸投げするつもりだな、テム。俺とシノーペは魔術師だから、直接戦闘の担当であるファンランが暴れているところには……正直近寄りたくないな。巻き添え食って縛られても嫌だし。

 エークもテムの配下の魔獣になっただけあって、直接戦闘ってめっちゃ強いし。だったらうん、高みの見物させてもらおうか。こっちは上から、たまに援護とかすればいいわけで。何か必要ない気がするけど。


「……あー、ほんとだ。いますねえ」


「いるなあ」


 で、だんだん近づいてくるとさすがに俺にも分かった。いや、隠れてるつもりなんだろうけれど上から見るとね?

 ベンドル軍って魔獣も使ってるはずだけど、こちらがほとんど使わないせいか上からの視線を気にしてないらしい。岩や茂み、林などの陰に潜んでいるのが丸見えですよーあんたら。


「それじゃ、やっちゃいましょうか」


「やるかー」


『雷魔術、広範囲!』


 結構点々と隠れているのが分かったので、シノーペと二人で広範囲に雷を降らせる。一度に広範囲なので、一人頭のダメージはさほどないはずなんだけど、さて。


「エーク、行くでござるよおおおおお!」


「ぐわああああああおうん!」


 陰で隠れたままひっくり返ってるやつ、思わず立ち上がったやつ、上向いて慌てて武器を構えているやつ。

 その中でも弓矢を構えたやつに向けて、ファンランを乗せたままのエークが突っ込んでいく。放たれた矢はかん、かんとしっかり弾かれていた。エークも軽く結界張ったか?


「その意気や良し、でござる!」


「ぎゃあっ!」


 その背中からふわりと飛び降りて、ファンランはそいつをバッサリと叩き切った。

 エークは空に浮かんだままふわりと態勢を立て直して、剣を構えた兵士にかぶりつく。食らうことはせずに、そのままぶんと振り払った。


「うわああああ! 敵の魔獣だ!」


「王帝陛下に逆らう愚か者だぞ! 何を怯むことがある、戦え!」


「ひ、ひいいっ!」


 うんまあ、奇襲が見事に成功したせいか、向こうさんパニックに陥ってるな。その方が、少数精鋭のこちらは助かるけどさ。


「ふはははは! そなたら、縛るには値しない小者どもでござるなああああ!」


 ……あ、そうですか。雑魚ばっかですかファンランさん……そうだよなあ、縛るつもりもなく斬りまくってるもんな。縄がどこにあるかはこの際考えないことにしてるけど。


「ぎゃおう! があっ!」


 エークの方もノリノリで、牙と爪があっという間に血に濡れている。哀れな、とは思うんだけど……まあ、ごめんな。ちゃんと弔いはするから。ゴルドーリア方式でだけど。


「……ランディスさん。私たち、出番ないですねえ」


「いいんじゃないか? 俺たちの出番があるってことは、洒落にならない相手がいるってことだし」


「それもそうですね」


 シノーペ、ファンランとエークだけでほぼ片付く相手なんだからマジで出番なくていいと思うぞ。多分、俺たちまでこのまま参戦したら……あの兵士たち、身元確認できなくなるだろうから。

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