85.貴族令嬢の戯れ

 ……さて。

 何とか、旧王都防衛戦と誰かが勝手に名付けたらしい戦の後始末は終了した。戦場周りだけ、というかつまり骸とかの物理的な片付けだけな。

 それだけで終われば良いんだけど、あいにく国同士の戦だったしそういうわけには行かない。捕虜や遺品をどうするかとか、とりあえずその捕虜にベンドルの話を聞くとか、あと頑張った人に褒美……は国王陛下周りとかの偉い人のお仕事だ。


「僕も一応、偉い人の端くれですよ?」


 そう言って殺意のない笑顔になったサファード様は、俺とかテム、シノーペやファンランの働きを既に報告書にまとめたとか何とかおっしゃった。マジか、あれからまだ五日ほどだぞ。


「公爵領に送りましたので、僕たちが帰り着く頃には君たちへの褒美も決定していると思います」


「あ、ありがとう、ございます……」


「君に関しては村の領域を広げて、収入を増やすようにするのは確定かと。頑張ってくださいね」


「は、はいっ」


 うわあ。あの、マジで部下というか事務の人増やしてください。何か普通に、ものすごく有能な人が派遣されてきそうだけどさ!

 ……ああ、こういう作業……報告書とか捕虜への尋問とかは旧王都内でやっている。なんというかさ、複雑な感じ。

 俺がここから出ていったというか追い出されたときは、ここは本当に王都だったんだよね。それが、俺が出てってテムが追いかけてきていろいろドタバタやってるうちに、王都は南に移動した。

 ここはもうすぐ、『神なる水』がかれて人が住める場所ではなくなる。もともと砂漠の真ん中だったそうだから、時が流れるにつれて建物も城も風化して砂漠に戻っていくんだろう。


「さて、せっかくですから面白い方にお会いしておきましょう。こういう機会でもなければ、なかなかお目にかかれない方ですから」


「面白いのか?」


「ええ」


 ま、旧王都の末路はともかく。そんなことをおっしゃったサファード様に連れられて、俺と獅子テムは旧王城の一室に入った。お城の敷地内にある小さな建物で、確か以前は外国の特使が泊まってたりした部屋だっけ。

 ……なおファンランは捕虜への尋問、シノーペはその情報の書き取り、エークは彼女たちの護衛でここにはいません。ファンラン、楽しそうな顔してたなあ。ほどほどにやってくれよー。


「お待ち申し上げておりました」


 部屋で待っていたのは、俺たちよりも年下……っぽいんだけどものすごくしっかりした性格だ、とひと目で分かるご令嬢だった。うん、ちゃんとしたドレス着ておられるもの。メイドさんを一人従えているけれど、この人護衛兼任だな。雰囲気がそう言ってる。

 浅い青……ああいや、これ藍か。生地からして多分、昔に作られたドレスのリメイク品だ。プラチナブロンドの長い髪に、とっても似合うと思う。まあ、俺服のセンスとかないけどさ。


「ブラッド公爵家当主の配偶者、サファードです。あなたとは初めてでしたよね?」


「はい。ドヴェン家の三女、リコリスにございます。どうぞ、よしなに」


 ドヴェン家の、リコリス様。辺境伯家の末娘か、なるほど。

 というか、ご本家はベンドルと真正面から殴り合って勝ったらしい。さすがのベンドル軍も、ほうほうの体で逃げ帰ったとか何とか。

 あくまでも報告書を読んだだけだから、実際はどうなんだろう……ファンランよろしくヒャッハーとかやってる可能性は、ごめん無礼だ。

 ……はて、俺はどんな顔をしていたんだろう。リコリス様が、俺をガン見している。メイドさんがちらり、と視線を向けたことで彼女はふっと口を開いた。


「こちらの、赤毛の方は」


「あ、は、はじめまして。キャスバート・ランディスです。ブラッド公爵領の村の一つを任されております」


「僕や妻の縁戚、『ランディスブランド』の誉れです」


 貴族の礼……じゃなくて、普通に頭を下げる。いや、俺貴族じゃなくて平民だからね? 単なる村長さんなだけだし。それからサファード様、確かに一応遠い親戚だと思いますが誉れはちょっと盛りすぎです。口に出して抗議はできないけど。


「と言いますと、つまり神獣様に愛された特務魔術師様ですね。近衛騎士団長殿や、王都守護魔術師団長殿からお噂はかねがね」


「は、はあ……まあ、テムに懐かれているのは否定しませんけど」


 ……あー、マイガスさんもアシュディさんも旧王都ここにいたっけ。何だかんだで会えてないけど。

 何でも『神なる水』の守護結界を張らせている元王太子殿下とか元宰相閣下とかその甥っ子とかの見張りで忙しい、んだっけ。

 そしてどうやら、このリコリス様もそのお手伝いというか多分ファンランと似たような意味で『お話』しにきたらしいな。こういう女性多いのか、この国。


「辺境伯の娘御はなかなか敏いな。今の王は、よい一族に国の守りを任せておるようだ」


 で、ここまでじっと話を聞いていたテムが、満足そうに一歩踏み出した。途端、リコリス様のそれまで緊張していたのか硬かった表情が、ぱっと解ける。

 というかこれ、珍しい動物見たうわあ可愛い、という顔だな、これは。シノーペがテムやエークを撫でるときの表情に近い。まあ、男女関係なく動物好きだったりすると大概こういう顔になるよなあ。分かる分かる。


「我が神獣システムだ。国を守りし家の娘よ、そなたの家のおかげでこの国と民は守られた」


「は、はいっ」


 けれど、そのテムが神獣故の上から目線なお言葉を発した瞬間、リコリス様は完璧なカーテシーを決めてみせた。……そういや、前にセオドラ様がシノーペやファンランに「こうするのですよ」とか何とか教えてたなあ。貴族の女性のご挨拶ってやつだっけ。


「神獣様直々にお褒めの言葉をいただき、恐悦至極に存じます」


「いや、そこまで固くならずとも良い」


 硬いご挨拶になっちゃったリコリス様に対し、テムは元からこういう性格なのであまり構わない。相手が上から目線で命令とかしてきたら怒るけど、そりゃ神獣は人間より立場が上だしなあ。

 ただ、言葉遣いを気にすることはあまりないんだよね、テム。だから俺は普通にテムと会話してるし、シノーペやファンランもあんな感じだし。


「で、ですが」


「なれば、これではどうだ?」


 で、俺たちより幼いと言って良いリコリス様があまりにがちっとした硬いご挨拶なのがちょっぴり不満だったらしく、テムは彼女の目の前で猫モードになってみせた。その瞬間聞こえた「にゃっ!?」って叫びは……多分リコリス様とメイドさん、同時発声。


「ほれ、撫でることを許すぞ。そこのメイドも、我の毛並みを整えてみんか?」


「し、失礼いたしますっ! ジェンダ、ブラシは!」


「ございます! では、失礼をば!」


 他でもない、神獣自身からのお許しが出たためにリコリス様はテムをうにゃうにゃごろごろし始め、ジェンダさんというらしいメイドさんはどこからか出してきたブラシで毛づくろいを始めた。


「……神獣様、撫でられたかったのですかね?」


「多分、そうだと思います。あと、リコリス様もメイドさんも良い方だということですね」


「なるほど」


 そんなことをサファード様とヒソヒソ会話しながら俺たちは、しばらくの間お待ち申し上げることにした。まあ、身分取っ払ったらキリッとしたメイドさんと可愛い女の子が猫撫でくりまわしてる光景だし、何の問題もないな。

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