66.最初の一撃を入れよう

「ひとまず、宣言はしておかねばな」


 ベンドル軍に見えるように、わざとらしく大きくため息をついたテム。のす、と一歩踏み出し、翼を広げて神獣は、吠えた。


「我こそは神獣システム、かつて『神なる水』を守り、今『ランディスブランド』の末裔たる者を護る者なり」


『うおおおおおおお!』


「……どちらも歓声上げてるでござるね?」


 こきっと首を傾げて、ファンランが不思議そうに言う。そうだよなあ、今の発言でこちら側はともかくベンドル軍の意気が揚がる理由がよくわからない。ちゃんと聞こえてるのかね?


「ベンドル王帝国の者どもよ、我はそなたらの力とはならぬ」


 テムもそう思ったのか、きっぱりと言ってのけた。おお、ベンドル軍側が静まり返ったぞ。こっちも静かになったけれど、それはテムの言葉を聞き逃すまいとしてだろうな。


「たかが人の集団の長を、なぜ我が出迎えねばならんのだ。それも、我が護りし者の住まう国に刃を向けた者どもの長を。己等は阿呆なのか?」


 よほど腹に据えかねたのかどうなのか、煽ってるんだよなあ。もっともこれは、そもそもテムが心情的にこちら側寄りだからだと思う。最初からベンドル側にいるのなら、全く違う発言になっただろう。

 そうしたら俺は、そもそもテムとテムの結界の魔力供給役にはなってなかったかもしれないけれど。


「そちらの方こそ我の元に馳せ参じ、争いを起こした詫びを伏して入れるべきであろうが。それで許すかどうかは、我が決める」


 神獣たるテムは、神獣ならではの上から目線でそう断言した。ベンドルで神獣がどういう扱いなのかは知らないけれど、神様のお使いたる存在を人より下に置くというのは違うよなあ。


「お、おのれ……」


「神獣め、我らが王帝陛下を何と心得るか」


 ああ、ベンドル軍はこちらに敵意を燃やしている。

 もともと敵、というか自分とこの王帝の配下のくせに何勝手に国作って偉そうにしてるんだ、とかいう認識だってのは聞いたことあるんだけど……あれか、言う事聞かないワガママな相手をしばいてしつけるとかそういう考え方か?


「神獣様」


 こちらも武器を相手側に向ける中にあって、剣を抜いたサファード様が低い声で呼びかけてきた。


「神獣様は、ここ以外の結界に注力していただきたく。この場は、我ら人間が始末をつけるべきと考えます」


「……要するにそなた、敵を斬りたいのであろ?」


「否定はしません。我が愛しの妻が治める領地を、ただの通り道として踏み荒らそうとした愚か者どもですから」


「よかろう。その愚か者ども、全て我が結界で絡め取ってみせようぞ」


「ありがたいお言葉」


 いやめっちゃ怖い会話だな、二人して。敵が目の前にいるんだから当然といえば当然なんだが……俺もまあ、これに協力すべきではあるんだよな。

 横でファンランがやっぱり剣抜いて、殺意らんらんの目でベンドル軍を見つめているし。もしかして、縛る対象というか生贄というか吟味してるのかもしれないけどさ。

 と、今度はサファード様の視線がこちらに向いた。あーやっぱり、何か振ってくると思ったよ。多分魔術だろうな、と考えていたら。


「キャスバート君、あの中に一発撃ち込めますか?」


「え? あ、はい、いつでも」


「ならば、適当に撃ち込んであげてください」


「大雑把ですね……でも、分かりました」


 やっぱりか。

 公爵軍にも王国軍にも魔術師はいるけれど、ちょっと少ないかなという印象だ。新王都の守備とかに、人取られてるんだろうなあと思う。なら、ここは微力ながら俺ががんばるしかないよね。


「お願いします。ファンラン、君はお好きなように」


「お任せでござる。ところで、王国軍の方はよろしいのでござるか?」


「指揮権を委譲されていますから、大丈夫ですよ。この辺りは王国軍より、僕のほうが詳しいですから」


 ファンランに関しては、本人に丸投げか。近衛騎士だし、まあなんとかするだろうというのがサファード様のご判断と見た。その中には、何人か縛るってのも入ってるのかね。基本、縛る相手は生きてるやつに限ってるようなので、つまり捕虜を確保できるか。

 そして、指揮権の委譲は妥当だよなあ。頭が二つあったら、どちらに従えばいいのかややこしいことになるし。ちなみにサファード様なので、数名の部下を使って伝達してる状態だね。


「では、結界を外すぞ。マスターが魔術を撃ち込んだら、好きにせよ」


「え? あ、了解」


「合図をお願いしますね、神獣様」


 テムの指示に、俺も含めて人間たちが従う。素早くサファード様の部下が走り、多分行き届いたかなと言うところでテムが、にいと牙を剥いた。


「結界、解除」


「雷魔術、広範囲、いけえええええ!」


『ぎゃああああああ!』


 ぱん、という音まではしないけれどそんなふうに何かが破裂した、その次の瞬間に俺は魔術を解放した。

 ベンドル軍全体を範囲として、足止めと麻痺を目的とした雷を雨のように降らせる。いや、さすがにこれ全部感電死は無理だ。そんなことをしたら、余波がこちらに回ってくるもの。溢れた雷が地面を伝ってきて、味方までしびれてしまうんだよな。


「魔術師、放て!」


「突撃!」


 同時にサファード様が魔術師への指示を飛ばし、多分王国側の司令官が歩兵や騎士への指示を飛ばす。

 魔術師たちは炎や光の矢を飛ばし、それを追うようにして歩兵と騎士、そしてファンランが飛び出した。


「我が刃、存分に振るうでござるよー!」


 刃だけか? 縄でもいいぞ、ファンラン?

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