特務魔術師をクビになったので故郷に帰ります～王都を守る伝説の血統の実力に気づいてももう遅い～

64.とおりゃんせ

「……みんな、読み終わったね」

　サンドラ亭の騒動から二日ほどで、報告書がやってきた。

　ひとまずの概要が記されているが、それを読んで俺とファンラン、そしてシノーペは大きくため息をついてしまった。主に、やっぱりなーという感情を乗せて。とりあえず、膝の上の猫テム撫でよう。

「やはりベンドルの間諜でござったか」

「旅人とかなら分かりますけど、サンドラ亭に就職できていたなんてね……」

「身分証明書は拾ったのか。まあ……ベンドルじゃなくても、たまに旅人が山賊とかに襲われることはあるからね」

「無駄をせぬのは結構なことだが、それで侵入されたのはいただけぬな。もっとも、これ以上厳しくすると人には苦しかろうが」

　まあ、そういうことだった。

　ウェイトレスの彼女は拾った身分証明書を使ってゴルドーリアの民になりすまし、それでサンドラ亭に雇われた。移住するときに、元の自治体で発行してもらうものがあるんだよね。

　男たちの方は、既に移住済みの村人になりすまして酒飲んでたりしたわけだ。まあ、住んでることにしてるなら身分証明とかする必要はほぼないし。

「で、彼女とかとっ捕まったやつら、あのあとどうなったのかな……」

「今頃、セオドラ様やサファード様が『ゆっくりこってりじっくりお話を聞いておられる』のではないでござるかなあ？」

『あー』

　その後のことはまあ、ファンランが言うとおりだろう。ベンドル王帝国って結構閉鎖的な国で、外にはほとんど情報出てこないから……ちょうどいいとばかりに情報収集しまくってる、気がする。

　うちだけじゃなく、他にも潜入者がいるんじゃないかとか。

　ベンドル側では、こちらの情報はどのくらい把握できてるのかとか。

　今の王帝さんはどんな人なのか、などを『お伺いしている』んだろうけれど……特に最後のやつ、こういうの分かるものなのかな？

「……あー。何か頑張れ、多分無理だけど」

「サファード様がにこにこ笑っておられるだけで、かなり威圧効果はありますよね。多分」

「あれらは一様に、敵には容赦ないからな。いろいろな意味で」

「洗いざらいぶちまけてしまえば、あの方々も多少はお慈悲をくださる……と思うでござるよ」

　それはともかく、今お話を聞かれている間諜一同のご武運を祈っておこう。どこまで耐えられるだろうな、彼ら。

　特にサファード様、メルランディア様の代わりに頑張るぞって気合入っておられるから。もうすぐ父親だし。

　……なんてことを考えていたら、膝の上からテムがひょいと飛び降りた。

「マスター。ベンドル軍が、この村のそばを通過し終わったぞ」

「ありがとう、テム。結界の展開は」

「後退りできぬように、がっちり展開してある」

　結界に自分の感覚をある程度接続して、その付近の情報を得ることも神獣なら余裕、らしい。俺がそれやると多分、情報過多でひっくり返るな。

　バート村周囲に展開されている結界のそばを、ベンドル軍の部隊がいそいそと進んでいる。テムの結界のせいで人里には近寄れないから、とにかく目的地である旧王都目指しているらしいな。

　で、うちの近くを通過していったのでテムがその背後に別の結界を展開、後戻りできなくしたというのが今の状況である。もちろん、ベンドル軍が進む先にはブラッド公爵軍部隊及び国王陛下が頑張って派遣してくれた正規軍部隊が待ち構えております。

　で、実はそこに俺とファンラン、テムも向かうことになっている。何だかんだ言っても、テムの結界と魔術って強力だからね……そりゃ使いたいよね。俺も非力ながら協力するけれど、役に立てたらいいな。

「さすがでござるな、テム殿」

「マスターの平和な生活のためだからな！」

「そこが一番重要ですものね」

　……うん、戦の前というのに緊張感がないことは認めよう。正直、俺なんてまともな実戦を経験したとは言えないしな。

　今後は村長としても頑張らなければいけないし……できることは全力でやっていこう、と決めているんだ。

「うにゃー！」

　聞き慣れた猫の鳴き声がして、開けてある窓からエークがにゅるりと入ってきた。首輪代わりに結ばれたリボンに、細くたたまれた手紙が結ばれている。

「あ、エーク。ご苦労さま」

「ふにうー」

　手紙を外してから伝達役をこなしてくれたエークの頭をなでてやると、額をぐいぐい押し付けてきた。……虎の姿した魔獣だよね君？　なんで普通に猫の仕草やってるんだ。もっとも、これは本来獅子の姿であるテムも同じだけどさ。

「マスター、どうだ？」

「ん、すぐに来られたしだって」

　テムには簡単に答えて、広げた紙に目を落とす。敵部隊の概要が記されているけれど、魔獣が多いなとは思った。そもそも人が少ないのか、魔獣使いをメインとした部隊なのか。両方だったらちょっと泣くかな。

「ファンラン、行くよ」

「了解でござる。遠慮はいらないでござるな？」

「戦闘でも拘束でも、全く」

　ファンランが、ひどくやる気を出して俺の指示に応えてくれた。あーうん、捕まえるにしろ倒すにしろ、敵軍なんだから本気で遠慮はいらないからな。

「お留守は任せてくださいね、ランディスさん！」

「うにゃあお！」

　村長補佐、的な役割であるシノーペと、その護衛としてエークには村に残ってもらう。工兵部隊とかライザさんとかもいるし、普段からやることっていっぱいあるからね。いやもう大変。

「悪い、早めに帰って来る予定」

「任せよ、シノーペ。我がマスターと共に、さっさと帰ってくるからな」

「自分が敵を倒してしまえば良いことでござる。行ってくるでござるよ」

「皆さん、よろしくお願いしまーす。……ええい羨ましい」

　ともかくシノーペに後を任せて、俺たちは家を飛び出した。村の近くなので、テムに乗せてもらっていけば割とすぐだろうな。

　さて、がんばるとするか。