50.村長と猫たち

 さて。

 勢いで故郷の村の村長になってしまって、一ヶ月が経過した。

 なお村の名前なんだが、シノーペとファンランとテムが『キャスバート村』がいい、などと言ってきたのは何でだ。勘弁してくれ、村の名前と俺の名前を混同するだろうが。


「それで妥協してバート村、ね」


「アシュディさんなんかはキャスくん、って呼んでくるんで。それなら、その部分を外せば間違えなくなりますから」


「なるほどねえ」


「うにゃー」


 地名の登録とか俺の村長就任とかの書類を手配してくれたセオドラ様が、村名の由来を聞いて楽しそうに笑う。主に、書類にせっせとサインしてる俺とその横で我関せずって顔して伸びてる猫テムを見ながら、だけど。

 現バート村、つまり俺の故郷は、昔から名前の必要があんまりなかった。領内での位置関係やランドからの距離とか村長さんの名前とか、そういうので呼び合っていた記憶がある。実際には名前はあったはずなんだけど、なあ。


「住民がいなくなった地域にキャスバートが戻ってきてくれたから、姉上としてはきちんと仕切り直したかったのではないかしら」


「そういうものなんですかねえ……」


「元、王都の特務魔術師でしょう。今の状況だと、ただの領民にはしておけないし」


 今の状況。セオドラ様のお言葉に含まれた意味に、思わず姿勢を正した。

 ゴルドーリア王国は南の王家直轄領、昔の王都に都を移すと宣言した。今の王都は規模を縮小し、王城地下にある『神なる水』の湧き出し口だけを護る結界を構築することが決定している。

 ……その結界展開用の魔力注入を、元宰相閣下とその甥っ子と取り巻き組がせっせとやることになるわけだ。いつかはかれるんだろうけれど、それまで……保つのかな? まあ、俺がテムにしてた魔力提供よりは楽だろうけどさ。

 ただ、そうすると当然動いてくる勢力がある。今の王都を自分たちの帰るべき都と考えている、ベンドル王帝国だ。


「ベンドル軍が進軍してくる、と」


「そう。ドヴェン辺境伯からの情報で、国境付近の軍が更に増強されているんですって。もうすぐ国境を越えるために、戦を仕掛けてくるだろうって」


 うわあ……どれくらいの軍が今、そこに集まっているんだろう。

 自分たちこそが世界の長であり、ゴルドーリア王国や他の国々は偽物の王権であると公言してはばからないベンドルという国が今もって存在しているのは、ひとえに攻め込みにくいところにいるからなんだよな、今。

 雪深い山と魔獣がうろつく森の向こうに、ベンドル王帝国は存在する。彼らと最前線で向かい合っているドヴェン辺境伯領からもたらされる情報によれば、ベンドル軍は大型の魔獣を多く扱っているという話だ。

 まあ、雪の多い土地だと馬車とか使えないもんなあ。国内で使っているのはソリなんかだろうけれど、こちらに出てきたら逆にソリは邪魔だものな。俺がテムに乗せてもらっているみたいに、移動手段として使ってるんだろう。もちろん、戦力としても。


「ああ、キャスバートはあまり気にしないでね。移住者の管理と領地についての勉強に集中してほしい、と姉上がおっしゃってるから」


「正直、魔術師として結界張れって言われる方が楽なんですけど」


「私はあくまで、村長の補佐として派遣されているだけなの。キャスバートがしっかり仕事覚えてくれないと、姉上と義兄上に怒られます」


「……それは……がんばります」


「お願いね?」


 ああうん、セオドラ様はあくまで、こういった書類とかの仕事に慣れてない俺を補佐するために来てくれているだけなんだ。

 というか、仕事覚えないとメルランディア様とサファード様がお怒りになる……何かめっちゃ怖い。できるだけ怒られないためには仕事覚えないと……うわーん。

 そんなことを考えていたら、セオドラ様がテムの方に視線を向けた。


「ただ、おそらく神獣様のお力をお借りすることになるかもしれない、そうなんだけど大丈夫ですか?」


「マスターの平穏な生活を護るためであれば、いくらでも助力するぞ」


 即答。

 ま、テムのお仕事といえば結界か魔術か物理だし。神獣に人間世界の政治とか書類処理とか、やらせるわけにはいかないしきっとやらないしなあ。

 そして、メルランディア様ほかがテムの力を借りたい理由は他にもあるというか、一ヶ月前に増えたというか。


「なあ、エークよ」


「うにゃあ」


 白猫のテムがソファの上でごろんと伸びているのとは対照的に、床の上できちんとおすわりしている黒猫がいる。その背中には、ちっこいコウモリの翼。

 あーうん、テムに敗北したエークリールです、あれ。ヨーシャのやつとの主従契約が切れたらしくて、でもテムに負けたので……テムの配下に入ってしまったらしくてあの日からうちにいる、んだよなあ。


「……どう見ても猫よねえ……」


「にゃお」


 セオドラ様は元のエークリールの姿も知っているから、今の猫エークの姿をまじまじと見てなんだか感心しておられる。なお猫テムは機会を見つけてもふっているんだけど、結構しつこいのでちょっと前からエークに代わってもらってるとか何とか。


「片方は神獣で、片方は魔獣ですけどね」


「元の姿でも獅子と虎なんだから、猫で良くないかしら?」


「似たようなものであろ」


「うにゅー」


 神獣のテムは人の言葉を話せるけれど、魔獣のエークは話せない。テムによれば、本体だった魔獣はちゃんとしゃべれたらしいんだけど。


「エークよ。そなた、しっかり成長するのだぞ。そうすれば、言葉で意思疎通ができるようになるからの」


「にゃあ!」


 ……ということらしい。やっぱり猫だな、こいつら。


「そう言えば、コーズさんの魔獣たちは犬系ですよね」


 ふと思い出して、セオドラ様に確認してみた。

 仕事の関係で何度か公爵邸にお邪魔したことがあるんだけど、そのときにコーズさんが使役している魔獣を見たことがあるんだ。

 手紙を運んでいたらしいその子は今のテムとそんなに変わらないサイズの、小型犬の姿をしていた。


「多くのものを同時に使役するには、集団生活が得意な犬系の方がやりやすいって言っていたわ」


「なるほど」


 セオドラ様のお言葉に納得。

 いろいろな細かい仕事を魔獣たちに任せているらしいコーズさんは、だから犬系の魔獣を使っているわけか。集団で生活するのが得意だし、命令はきっちり聞いてくれるし。

 ……エークがテムに従っているのは、力で負けたからだよな。神獣も魔獣も、こういうところは普通の獣と変わらないのかね。

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