36.招かれざる客人を迎え

 馬車と、車を引かない馬が数頭走っていく。

 俺と獅子姿のテム、シノーペとファンラン、それにセオドラ様は馬車に乗っている。すぐとなりを走る馬にお乗りのサファード様は、とてもかっこいいんだよなあ。他の馬にはサファード様の配下と、あとマイガスさんとアシュディさん及びその部下たち。

 今朝早く、セオドラ様の使いが「王太子と宰相の軍が公爵領手前に到着」と言ってきた。正確には、公爵領に入ろうとして入れなくて王太子殿下がふんがー、とお怒りとのこと。


「きちんと朝食をとった上、準備を整えてから現地に向かうので同行を頼みたい、とのことです」


「あ、はい。承りました、とお伝え下さい」


「はっ。セオドラ様の準備ができ次第、お迎えに上がります」


 なんというか、敵襲食らってるのにのんびりしたやりとりがあったわけだ。肩の上で半分寝ながら、テムが「我の簡易結界は役に立つであろ……うにゃあ」とすっかり猫化してたのはどうかと思うぞ、神獣様よ。

 まあともかく、その後俺はシノーペとファンランに起きてもらい、状況を伝えた。ライザさんは既に起きてて朝食の準備をしてくれてたので、その間に出陣の用意をしておいて出来上がった朝ごはんを食べて。

 で、ちょうどいいタイミングで来たお迎えが大体さっき出てきたメンバーだった、と。メルランディア様にはコーズさんと、彼が率いる親衛隊がついているので大丈夫ですよ、とはサファード様のお言葉である。


「ああ、見えてきたわよキャスバート」


 窓を開けて外を見ていたセオドラ様が、前方を指差した。御者の肩越しに見えたのは、ブラッド公爵領の境界線……とも言える地域。人の住まない荒れ地を、馬車が普通に走れる道がずっと続いている。

 で、一定の場所より向こうにゴルドーリアの近衛騎士部隊と、そして正規兵の部隊が見える。……んー、二百くらいかな。よくもまあ、この短期間で揃えたよな。マイガスさんたちが公爵領に到着してから、まだ三日だぞ。


「さすがでござるな、テム殿」


「阿呆共の動きを止めるだけならば、何ということはないぞ」


 ファンランの賛辞に、テムはふふんと自慢げな顔をして尾を揺らす。ぱたんと一つはためいた翼から、光の粒がきらきらと落ちた。

 簡易結界。普通に展開される結界とは違い、露骨に何かを防ぐようなものではない。まあ、魔除けのお守りみたいなもの、といえばいいのかな。基点を造らなくても速攻で張れる上、消費する魔力がものすごく少ない。あと、相手に感知されにくいというのが強み。

 今回の場合、どうやらテムは『ブラッド公爵領に敵意を持つ者は入りにくい気分になる』という条件で簡易結界を張ったらしい。強い意志があれば入ってこられるはずなんだけど……まあ、王太子殿下とかだしなあ。


「さすが神獣様の結界だ。ぴったり止まってやがる」


「助かるわあ。お偉いお馬鹿さんのせいで、公爵領の領民たちに迷惑かけたくなかったもの」


 少し離れたところで止まり、馬から降りながらマイガスさんとアシュディさんが感心してる。

 地面にまるで「ここから立ち入り禁止」の線が引いてあるかのように、向こうの部隊は一定の場所からこちらに来ない。セオドラ様のお手を取って降りていただきながら、俺もちょっとだけ感心した。

 そうして、ご自身も馬から降りたサファード様が足を進め、にっこり笑いながら凛とした声を張り上げた。


「よくぞおいでくださいました、皆様。ブラッド公爵家当主メルランディアが夫にして公爵軍衛兵隊総大将を務めます、サファードにございます」


「公爵補佐を務めます、当主の妹セオドラにございます。王都よりおいでの皆々様にはどうぞ、お見知りおきを」


 サファード様の隣で、セオドラ様がカーテシーを決めてみせる。多分アレは煽ってるんだろうなあ、セオドラ様だし。

 あと、相手があれだ。何だかんだでテムの簡易結界も破れない、金髪碧眼上から目線の王太子殿下。


「ゴルドーリア王国王太子、ゼロドラスである! 出迎えご苦労!」


「お待ち申し上げておりましたよ、王太子殿下」


「割と早かったですわね?」


 その王太子殿下に更に対するは、マイガスさんとアシュディさん。あ、王太子、目を丸くした。どうせ、国王陛下周りの情報は手に入ってないか入っても見てない、だろうな。


「マイガス・シーヤ! アシュディ・ランダート! 貴様ら、なぜそこにいる!」


「自分たちは国王陛下の勅命により、特使としてこの地に参上しております」


「マイちゃんはともかく、今のアタシはただの一般魔術師ですわよ。お気になさらず!」


 普通に答えてるのに、どうして煽っているように聞こえるんだろうな。

 あ、アシュディさんが団長やめさせられた話はちらっと聞いた。俺みたいに、魔術師団から叩き出されるよりはマシだと思う。

 彼らのやり取りをのんびり見ていたサファード様が、「さて」と声を上げた。途端、全員の声がピタリと止まる。


「こちらに、我らが敬愛するゴルドーリア王国国王ワノガオス陛下よりの親書がございます。公爵家代表として、代読いたします」


 静かな中、サファード様は特使一行が持ってきてくれた国王陛下の親書を取り出した。封筒に描かれた王紋を高々と掲げてみせ、そして文章を読み上げる。


「キャスバート・ランディスの身柄はブラッド公爵家預かりとし、この決定は国王ワノガオスの意志に基づくものである。また、これに不満を抱く者は全て国王への叛意ありと見なし、相応の処罰を与えるものとする」


「な、んだと」


 ああうん、王太子殿下が白目剥くのも無理はない。要するに、俺を連れ戻すならブラッド公爵家の許しを得ないといけないわけだ。国王陛下が認めてるんだから、今目の前にいる俺を無理やり連れて行くこと相成らん、というわけなんだけど。


「冗談ではない! 父上がそのような親書、出すはずがないだろう!」


「あの王本人が記した内容であることに、間違いはないな。馬鹿息子の反応からして」


「テム殿、本当のことをあまりずばりと言うものではないでござるよ?」


「というかテムさん、殿下怒らせる気ですよね?」


 むきー、と沸騰してる王太子殿下を前にのんきだな、神獣及び休職中の近衛騎士と王都守護魔術師。まあ、今の状況ならあっちの方が反乱軍、ということになるからいいのか。

 さて、王太子殿下はどう出るか、と思ったら。


「我が精鋭たる近衛騎士たちよ! ブラッド公爵は我が父、国王の親書を偽造し権力簒奪を図る反逆者どもである! 進め、逆賊共を叩き潰せ!」


『はっ!』


 割と最悪な方向に進むつもりのようだ。ま、ここで俺とブラッド公爵家を叩き潰せれば後は宰相閣下と組んでどうとでもなる、と思ってんだろ。

 国王陛下、王城で無事かなあ。特使を各地に派遣できるくらいには、配下の人たちもついてくれてるんだろうけれど。できれば、お城を脱出してもらいたいなとは思う。


「我が出るか?」


 武器を構えてこちらに進み始める相手方を見て、テムが俺の顔を伺う。ああ、でもテムの能力はあんまり見せたくないよね。

 だったらここは、俺がなんとかするべきだろう。だから俺は、その意志をもって答える。


「テムはそのままで見ていて。ここは、俺が出るよ」


「……マスターがそう言うなら」


 にやり、と獅子の顔で笑ってテムは、わずかに後ずさった。その前に出て俺は、拳を握り。


「移動阻害結界、タイプ物理及び魔術、全開!」


 簡単な詠唱とともに手と、そして自分の魔力を広げた。

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