13.離れた王都はどうなるの

 夕食をしっかり食べて、情報をくれたおじさんにもごちそうして。

 で、女性部屋に入るシノーペたちと別れて自分用の部屋に入った俺の肩から、テムがひょいと飛び降りた。人間の肩から床までの短い間に、白猫は虹色の獅子に姿を変える。そうして、のびー。うん、大きくても小さくても猫だ。神獣だけど。


「あー、やはりこちらのほうが肩がこらぬな」


 伸び終わってからの第一声に、思わず吹き出した。いや、肩こるようなことやってたか? テム。一日中、俺の肩の上だったじゃないか。


「猫でも獅子でも、肩はこらないと思うけど」


「人の肩に乗るというのは、落ちないようにしがみついたりバランスを取ったりなど大変なのだ」


「じゃあ、明日から自分で歩くか?」


「にゃー!」


 何、不満の声を上げてるんだよ。それも、獅子の姿して猫の声って。ああ、抱っこするのは両腕が塞がるから却下な。

 とりあえず、なだめるために俺はテムの額を撫でてやった。王城の地下で任務についている時はよく、こうやって撫でたっけな。

 しばらく撫でていると、テムが少し動いた。こっちに顔を向けたんだな。


「……マスターよ。何ぞ、考えていることがありそうだな?」


「分かるか?」


「我にとっては長くはないが、人にとって五年の月日はそこそこのものであろ? それだけの時を我とともに過ごしたのだ、わからないと思うほうがおかしい」


 五年。

 俺が国王陛下に見いだされ、特務魔術師として王都で任務についていた時間だ。十三歳の頃からやってたのか、俺。よく頑張ったなあ、と自分でも思う。

 お城にやってきて、地下でテムと出会って、それからふたりで王都を守る結界を展開する、という任務について。

 シノーペやファンランに会って、マイガスさんやアシュディさんに仲良くしてもらって、サンドラ亭に通って。

 ……そんな時間をあっさり断ち切られた割に、何というかせいせいしている自分にちょっとだけびっくりした。


 ……王都の結界、か。


「テム」


「何だ?」


 宰相閣下と王太子殿下に追放される形でこうやって出てきたけれど、俺は国王陛下から与えられた任務を放り出してきたわけだ。

 そうすると……王都はどうなる。サンドラ亭の人たちや、マイガスさんたちや、アシュディさんたちは。


「俺たちがいなくなって、王都の結界ってどうなるんだ?」


「さてな。『ランディスブランド』だけがおらん状態なれば、我が一月ほど保たせることができたが」


 俺の問いに、テムはさらっと答えてみせた。どうやら経験があるらしい……ああ、そりゃあるよな。


「ああ、代替わりのとき?」


「そうだ。前回は人の王がそなたを探し出すまで、我頑張ったぞ」


 テムは神獣で、寿命……ってあるのか? というレベルで長命だ。下手すると死なないんじゃないか、って話もある。

 対して特務魔術師は人間で、だから長生きしてもせいぜいが百年。魔術師として仕事ができるのは……無理して四、五十年くらいか。

 当然、特務魔術師がいない時期が発生することがある。俺の先代は何か急病で亡くなられたらしく、国王陛下が大慌てでブラッド公爵領を始めとしてあちこちに人をやって探したんだって。

 で、見つかったのが俺、というわけだ。まあ、それも二日前までだけど。


「此度は我も王城を離れたからの。まあ、もって半月であろう」


 テムの推測は、最大限に見積もってのことだ。多分、十日もしないうちに王都を守る結界は消える。都は、空を飛ぶ鳥の糞すら避けられない丸裸の街になるのか。


「マスターが気にすることはない。愚かな人の子が、自ら都の護りを放棄しただけのことだ」


 ベッドに腰を下ろした俺の足元にごろんと横たわり、テムが頬を擦り寄せてきた。いや、本当に大きな猫だな、テムは。可愛いから、いいけどさ。

 でもまあ、確かにそうなんだけどな。王太子殿下は、国王陛下から『ランディスブランド』の説明くらいは受けてるだろうし、王族の教育の中にもそこら辺が入っているとか何とか。王都を守る結界の要、ということなら当然か。

 それを、わざわざ放逐したんだからな。でもなあ。


「人の王は、自ら国を終わらせる愚王となると宣言した。おそらくは、王都の民を安全に逃がす算段を講じておろう」


「え」


「そうして、民を向かわせる先はブラッド公爵領であろう、と我は考えておる」


 そう言ってテムは、にいと牙をむき出して笑ってみせた。ブラッド公爵領に、王都の人たちを移住させるってことか?


「……『ランディスブランド』の多い領地だから、かな?」


「そうでもあるが、信頼の置ける公爵家だからではないのかね?」


 俺の推測と、テムの推測。

 ブラッド公爵家が王都から離れた場所に領地を得た理由は、もしかしたらこういうときのためだったのかもしれない。

 俺があの地を離れてから五年、特に問題が起きたことはない土地だ。かなり広くて、様々な場所に飛び地があるって噂もあるし。

 ……そうか。俺、田舎に帰ろうと思ったのは間違ってないっぽい。

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