02.私物を回収します
「……これ、何」
王城から放り出された俺は、慌てて宿舎に戻った。自宅として使っている、王城提供の小さなアパートだ。人通りの少ない裏手にあって、王城で勤務している魔術師はだいたいここに住んでいる。
だけど、そこの門前には俺の部屋にあった荷物が山と積まれていた。どう見ても粗大ごみにしか見えないくらい、乱雑に。
最後の一袋を持ってきた少女が、俺に気づいて声を上げた。
「ランディスさん!」
「シノーペ!」
駆け寄ってくる紺色のローブの彼女は、王都守護魔術師団の一人であるシノーペ・ティアレット。
栗色のみつあみに黒縁眼鏡、と地味に見える上に小柄な彼女はその実、魔術師団随一の実力の持ち主だ。眼鏡でごまかしてるから気づかれにくいけど、真紅の目は綺麗なんだよなあ。あと、年齢自体は俺よりひとつ下、十七歳。
「よかったあ、戻ってきてくれたあ」
「戻ってきてくれたって……あの、これは一体」
「え、あれ?」
俺が尋ねると、シノーペは不思議そうに首を傾げた。なんだろう……と思ったけど、考えなくても理由なんて限られてるよな。
「ランディスさんがお城辞めて国に帰るからもう捨てちゃって、とさっきお城の人が言ってきたんです。もうすぐ処理班が来るとかなんとか」
「はあ!?」
ほらやっぱり、と考える前につい大声が出た。いや、おかしくはないよな?
王太子と宰相め、本気で俺を王都から追い出すつもりかよ。いやまあ、お城クビになったんなら宿舎も使えないのはそうなんだけど、部屋片付けるの早すぎるぞ。俺、今クビになって帰ってきたところだったんだから。
あーちくしょう、どこまで俺のこと嫌ってるんだよ、あいつら!
頭をがしがしかき回していたら、シノーペは自分が持っていた袋を俺に「どうぞ」と差し出してきた。
「これ、お金とか貴重品が入ってます。一応まとめて置いてあったので、確保しときました」
「え、あ」
うん、確かにこの袋は貴重品入れだ。お金、高かった小ぶりの魔術道具、あと換金できる宝石とかいろいろ入れてある、んだけど。
だけどこれ、そうそう人には見つからないように小細工してたんだけどなあ。
「よく見つけたね。これ、小結界張って見つからないようにしてたのに」
「ランディスさん、結界の張り方がきっちりし過ぎなんです。私から見れば、『何もなさすぎる』ように見えちゃいますから……私が今日非番で良かったですね!」
「う、うん」
えっへん、と胸を張るシノーペ。どちらかと言うと少年ぽい身体つき、と前に言ったら重力魔法で潰されかけたので口にはしない。
というか、本当にシノーペはすごいな、と思う。
俺の王城での仕事は、その地下にある結界展開システムに魔力を流し込んで王都を守護する結界を維持すること。一応魔術師なので他にも魔術は使えるけれど、仕事としてはあんまり使わない。
ただ、仕事のおかげか結界を張ることは得意で、だから貴重品入れを人の目につかないように、なんてことで小さな結界を張ることもできるわけだ。その結界を普通の人が見たら、特になにもないという認識しかできないだろう。
それをシノーペは、「何もなさすぎるからここに何かが隠されている」ってのが分かったわけだ。「何もない」ではなく「何もなさすぎる」、いや普通はそう考えないよ。
……ただ、俺と仲がいいので王太子や宰相からはよく思われてない、らしい。実力的に分団長クラスになっていてもおかしくないのに、シノーペが未だに一団員であるのは年齢と、そこらへんがあるようだ。
「いえいえ。ランディスさんには、王都の皆がお世話になってますから、このくらいはね」
ほにゃんと笑ってくれたシノーペは、そこから表情を真剣なものに変えた。眼鏡かけてても童顔ぽく見えるんだけど、真面目な顔は結構迫力がある。
「つか、何があったんですか。辞めたのは本当で?」
「あ、うん。それは本当」
「マジすか」
その迫力のある顔で問われて頷くと、シノーペは眉間にがっつりシワを入れてきた。それからふん、と鼻息荒く姿勢を正す。
「あ、じゃあ私、用事思い出したんでちょっくら休日出勤してきまっす!」
「お、おう、行ってらっしゃい」
思わず手を振る俺に振り返しつつ、シノーペの姿はあっという間に王城の方に消えていった。そう言えば非番だったんだよな、あいつ。何か悪いことした気がする……けど。
「とりあえず、持っていけそうなものは持っていくか」
粗大ごみと化した私物をしまい込むために、俺は収納魔術を展開する。処理班に持っていかれるの、何か腹立たしいからな。
机、椅子、魔力灯、本棚、本、ベッド、寝具、服……あ、一室分綺麗に収まった。余裕は……うん、あと五部屋分くらいなら入れられそうだな。
魔術師って、引っ越しする時は自分の荷物を自分で運ぶのが当然、って聞いたことがある。だから、このくらいは当たり前なんじゃないかな。他の人の引っ越し、見たことないけどさ。
やれやれ……と肩をすくめたところでぐう、と腹が鳴った。仕事もせずに……いやクビになったんだけど、それでも腹は減るんだ。
宿舎では食事は出ないから勤務中は王城内の食堂で、それ以外は馴染みの店で食べてたけれど。
「いつものお店で食べるのも、今日が最後かなあ」
最後になるだろうから、ご挨拶がてらちょっといいものを食べていこう。
そう決めて俺は、街の方に歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます