第13話(挿絵公開予定)
美也孤が試着室へ消えたのを見て司は盛大にため息を吐く。
「『似合う』一言いうだけでそんなに緊張しますか?」
「女の子に頻繁に言ってこなかったからなぁ。なんか変に緊張した」
「ふーん、そうですか。大変ですね」
そういってため息をつき、ひなたは視線を外した。
彼女の手には紺色のジャンパースカート。一目、サイズはちょうど良さそうだが。
「試着してみないのか?」
「うーん……先輩は美也孤さんが着ているみたいな可愛い感じの服のほうが好きですか?」
「え、いや俺は着ないぞ」
「先輩が着る話はしていないです!」
ギロリと睨まれ、司は思わずたじろいだ。
「冗談だって」
「はぁ……。スカートとか、制服でしか着たことないんですよね」
「そうなのか。着ればいいじゃないか」
「どうしましょう、先輩はスカートのほうが好きなんですか?」
「あー……」
先ほどと同じ質問。
「好きなのか?」と聞かれると司としては返答に迷う。
「あんまり考えたことないなぁ。人それぞれに似合う服があると思うけど」
「……わたしは先輩の好みを聞いたんですけどね」
「着てみましたー! どうですか、どうですか⁉」
ひなたの言葉はテンション高く現れた美也孤の声にかき消されてしまう。
聞き返そうとしたが、ひなたはすでに手に持っていた服を棚に戻した後だった。
美也孤は今度は真っ赤なオフショルダーのセーターとミニスカートを着ていた。襟ぐりが広いため、美也孤の白い肩が大胆に露わにされている。
「良いんじゃない? よくわからないが」
「もう! さっきからそればっかりじゃないですか!」
「先輩、それしか言ってない……」
頬を膨らませて怒ってみるが、司は苦笑いを浮かべるだけだ。
これまでもいろいろな服を見てみた。試着をしてみたのはこの店が初めてだが、これまでも「いいんじゃないか」しか返ってこない。
こうも手ごたえが無いと、そもそも自分に興味を持っていないのではと不安になる。
「ちょっとくらい褒めてくれたって良いじゃないですか! あ、もしかして似合ってなかったですか?」
「え、いやいや、そういうわけじゃない」
広めに肩を出し、ミニスカートと合わせてかなり
この服もダメか……と気落ちする美也孤。悪い印象は持たれていないようだが、ワンパターンな反応しか返ってこないとさすがにつまらない。
司の横に立つひなたも、自分の先輩のダメさ加減にため息をつく。おそらく本当にわかっていないのだから質が悪い。
すると、ひなたは司が妙にそわそわしていることに気が付いた。
よく見ると、司の目が泳いでいる。
「なるほど、先輩はこういうちょっとセクシーなのが好きなんですか?」
「え⁉」
司が返答に困っていると、ひなたからキラーパスが飛んできた。
動揺交じりの声を美也孤の耳は聞き逃さない。
パッと顔を上げ、ずいっと司との距離を一歩詰めた。
「司さんはこんな感じのが好きなのですか⁉」
「え、ええぇ……?」
司からすれば、肩が大きく出ている今の服装はインパクトが大きかった。ひとつ前に試着したワンピースが露出の少なかったものだったこともあり、不意打ちを食らった気分だ。
おまけに、赤色のセーターが露出した美也孤の白い肌を強調している。
正直、目のやり場に困る。
「なるほど、少し大胆にしたほうが司さん好みでしたか」
「え、いや⁉」
「あれ? 違うんですか?」
「いや違うってわけじゃないけど」
「ちょっと迷っているんですよね。さっきのワンピースとこのセーター。司さんはどっちが好みですか?」
「どっちが……?」
美也孤は両腕を広げ司が良く見えるようにアピールする。
正直、司は迷った。
自分の嗜好を言えばいいのか、彼女の好みをくみ取ってアドバイスをすればいいのか。後者であればどう言葉をかければいいのか。
悩むふりをして顎に手を当てるも、まったく正解が見つからない。
「先輩の好きな服を選べばいいんですよ?」
「好きなのって言われても」
「そうですよ。美也孤さんは言っているじゃないですか。先輩はどっちが好みですか? って」
「はい! どっちが好きですか?」
「うーん……どちらか選べといわれるなら」
最初に着たものはワンピースに春らしいピンクのボレロ。かわいらしさと柔らかい雰囲気が魅力だった。
いま着ているものは肩が大きく出ており、セクシーな方向性となっている。ミニスカートもあわせて活発で明るい印象だ。
言ってしまえば、どちらも似合う。それゆえ迷う。
素直に言うのであれば、どっちの服を着ている美也孤を見たいのかと聞かれるのであれば。
首をかしげながら、顎に当てていた手を伸ばす。
「こっちかなぁ」
「このセーターですか?」
「うん。いやどっちも似合っているし、天河さんの可愛さがそれぞれ別のベクトルで出ていると思うんだけど……一目見てドキッとしたのは、いま着ているのかなぁ……と」
思ったままの感想を口にするが、途中から妙な恥ずかしさに襲われ、たまらず目を背けた。
美也孤は照れながらも、屈託のない笑顔で照れる司の顔を覗き込む。
「わかりました。じゃあこっちにします。司さん、ありがとうございます!」
「選んだだけだぞ……」
「それが大事なんです。司さんの好みを知りたかったんですから」
「――ッ! そう、あとは会計だろ。俺、外で待ってるから」
「はいはーい」
いたたまれなくなり、逃げるように店から出た。出口のすぐそばにあったベンチに腰掛け、頭を抱える。
ふーっと大きく息を吐き、高揚していた気持ちを無理やり落ち着ける。
「なに緊張しているんだ……」
自分でも知らなかった嗜好を暴かれた気がして、妙な居心地の悪さがある。
「あいつ、何でも似合うんだな」
美也孤は容姿は良いほうで、もともとの明るい性格もあって、ああいった春服は彼女に合っているのだろう。
加えて、「司の好みを知りたい」とまで言ってくる。昨日の告白も意識してしまい、司としては妙に落ち着かない。
手持無沙汰にスマホをいじっていると、店から美也孤とひなたが買い物袋を抱えて出てきた。
ようやく来たかと、立ち上がった司は美也孤の姿を見て固まる。
「店員さんに頼んでそのまま着ていくことにしました」
「あ……そう。やっぱり似合うね」
「司さんはこういう服が好みだそうなので。うれしいですか?」
返事を待たずに「さ、次に行きましょう」と、手を握る美也孤は楽しくて仕方ないといった様子。
そんな天真爛漫な笑顔に圧倒され、司は苦笑いを浮かべるしかできなかった。
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