第14話
ひとしきりお店を回り、司の両腕が荷物でふさがったところで三人はアウトレットモールを後にする。
あれから美也孤とひなたはあちこちの店に入り、思い思いに服を見ていった。昼食をはさんでもう何周か歩き回り、途中「これ司さんに似合いそう!」と男性服コーナーも立ち寄ったりしていると、時間はあっという間に過ぎていった。
帰りに市役所に寄って美也孤とひなたの用事を済まる。自宅に着いた頃には日が傾いていた。
「ただいまー」
「おじゃまします」
「司さんお疲れ様です。ありがとうございました!」
司はようやく荷物から解放された腕を伸ばす。見栄を張って荷物持ちを請け負ったものの、実際にやってみると思ったよりも重労働だった。アウトレットモールを歩き回ったこともあり、腕も足も疲労困憊だ。
「いっぱい買いましたね」
「はい。私も久しぶりにたくさん服を見れました。荷物持ちさんも頑張ってくれているので快適です」
「もうちょっと運動すべきだったかなぁ」
日頃の運動不足を少しばかり後悔する。荷物を持つだけなら何とかなるだろうと思ったのが甘かった。
「先輩、荷物持ちお疲れ様です。ありがとうございました」
「あぁ、思ったより疲れた。コーヒー淹れるよ。二尾も飲んでいくだろ」
「はい、いただきます」
荷物の仕分けは女子二人に任せて、ヤカンに火をかける。
「司さんの荷物はどうしますか?」
「ソファーの横にでも置いといて」
「はーい」
三人分の豆を挽き、フィルターに移し替える。砂糖とミルクはどれほど必要かわからないので、適当にぶち込んだ。
出来上がったコーヒーをトレーに乗せてリビングに運ぶ。そこには美也孤とひなたが今日の戦利品を広げて楽しそうに歓談していた。
「ほら、コーヒーできたぞ。机片付けろ」
「あ、はいすみません。すぐに」
美也孤はそそくさと広げた服をたたんでちょこんとソファーに座った。その隣にひなたは座り、美也孤の背中から側から尻尾を引っ張り出してモフり始める。
司はようやく一息付けたとコーヒーを味わう。
「……天河さんはそれは気にならないの?」
「ひなたちゃんですか? いえ全然」
「美也孤さん、先輩もモフりたいんですよ」
「なっ……⁉」
「そうでしたか、言ってくれれば司さんなら大歓迎ですよー! ほら、耳でもいいですよ!」
ずいっと狐耳を突き出し、上目使いで見つめてくる美也孤を「いや、いい」と手で制す。
すごく撫でたいと思ったが、ここはぐっと我慢だ。
「それより天河さんの話でしょ。市役所で書類もらえなかったんでしょ?」
「あ、はい。そうなんですよ! 住民票発行されませんでした!」
「まぁ、どんまい」
「そんなあっさり⁉」
司としては予想できたことではあった。
もともと、美也孤は元狐と自称していたこともあり、住民票自体持っているか疑っていたところはあった。そもそも住民登録がされていなければ住民票の写しももらえるわけがないのだ。まさか狐の時から住民登録ができていたとも思えない。
「二尾は書類もらえたんだろ?」
「はい。特に問題なく」
二尾はバッグから一枚の書類を取り出す。そこにはしっかりと「住民票」と記載されてある。
「なんで私だけもらえなかったのでしょう……?」
美也孤はひなたに尻尾をモフられながら落ち込んで耳が垂れる。
「ちなみに役所の人にはなんて言われたの?」
「申請書に不備があったので、発行できないと言われました」
「どれ、どんな不備が?」
「これが申請書なのですけど……」
渡された申請書には住所、名前、生年月日から必要項目がすべて記載されている。
一見、何の不備もないように見えるが。
「この住所だと住民登録ができていないらしいです」
「なるほど……ちなみにこれさ、どこの住所?」
「これですか? どこの住所を書けばいいかわからなかったんです……例の神社の住所を書きました」
「天河さんはそこで住所届けを出したの?」
「いえ、というより住所登録って何ですか?」
「そこからか……」
思ったよりこの女の子は日本社会に対しての知識が少ないようだ。
日本は出生届けを出すと同時に戸籍に登録され、そこから住民票にも登録される。本来、狐が住民票なんて持っているはずがない。
「まぁ、そもそも狐が人間になるなんて想定していないだろうしな……ちょっと調べてみるか」
司はスマホで「住民票」、「戸籍制度」を検索した。ネット百科事典、まとめサイト、総務省、法務省のサイトをざっと流し見をする。
「……うん。やっぱり難しいな」
「そんなぁ⁉」
一通り読み終わり、司は結論付けた。
どこから説明すればいいのやら。
司自身も完璧に理解できているわけではないが、先ほど調べた戸籍制度と住民登録制度についてザックリと話す。
「えっと、ざっと要約すると……」
簡単に言えば、戸籍はかなり厳格な制度で不正は厳しいということ。
住民登録制度と連携されていることも併せて、出生から居住地まで管理されている。居住地といっても実際にそこに住んでいるかは関係なかったり、届け出を出さないと住民票が更新されなかったりと雑なところはあるが、基本的に住民票は個人の身元証明書となる。そのため、進学先や就職先に提出する際に必要になることが多い。
そして、美也孤のようなもともと人間ではなかった者が新たに戸籍を取得するのは難しい。
日本人の両親の間に生まれたモノなら出生届を出して、戸籍を得る。外国人であればパスポートという公的身分証があり、場合によってはそこから住民登録ができる。
狐から女子高生になったという美也孤のような事例は想定されていない。
「え、じゃあ私は戸籍が無いってことですか⁉」
「戸籍って人が人のために作ったものだから、元狐の天河さんには適用されないんじゃないかな」
「美也孤さん、他に何か公的身分証は持っていますか? 保険証とか」
「も、持ってないです……!」
公的身分証が何もないということは、書類上では美也孤は「存在しない人」ということになる。
「ど、どうましょう司さん。私、このままだと入学できないです」
「俺に聞かれても……」
それこそ市役所の人に聞いてほしい。市役所の人に聞いても元狐の戸籍の取り方なんてわからないだろうが。まさか、「元狐なんですが、人間になりました。住民票ください」というわけにもあるまい。
美也孤はしょぼくれたままコーヒーに手を付ける。ほぅと一息つくが、垂れた耳は挙がらない。
「ひなたちゃんも猫又なのに、どうして狐はダメなんでしょう……」
「は?」
「へ……?」
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