第05章『星の色』
第10話
ゴールデンウィーク初日。
姫奈は生理で体調が優れなかったが、自身の希望でEPITAPHを朝八時に開けた。
白の前開きシャツと黒のスキニーパンツ、そしてカーキ色のエプロン。休日に学生服は着れないので、これが自身の思う『カフェ店員』の格好だった
開店して間もなく、年配の女性が本を片手に店を訪れた。
「あら。こんな所にカフェがあったのね」
散歩をしていたら見つけた、と女性は言った。
姫奈は訊ねなかったが、上品そうな佇まいから、アキラと同じマンションの住人だと思った。
唯一のテーブル席に座った女性はコーヒーを受け取ると、読書を始めた。
なんだか絵になると思いながら、姫奈は客の邪魔をしてはいけまいと、キッチンカウンターで可能な限り気配を殺していた。
「なかなか良いお店ね。また来るわ」
三十分ほどして、女性は満足そうに帰っていった。
他にも、午前中は何人かの客が訪れた。
客船ターミナルから乗船の時間を待つ者や、観光でこの地を訪れた者。姿や荷物、店内での言動から姫奈はそれぞれ勝手に予想した。現在が大型連休ということもあった。
どの客とも、会話は注文と会計のみだった。姫奈はかつて客としてこの店を訪れていた時は、アキラとの会話を楽しんでいた。しかし、内気な姫奈が見ず知らずの人間に話しかけられる事は無く、落ち着いた空間を提供する事が大切だと自身に言い訳をした。
もっとも、ひどい頭痛のせいでそんな余裕はどの道無かったが。
立地が悪い割に、姫奈の想像以上の数の客が訪れていた。
どの客も不満そうな様子は無かったので、姫奈は嬉しかった。優れない体調に鞭打って頑張った甲斐があったと思った。
「あのっ、アキラさんいらっしゃいますか?」
正午前、ひとりの若い女性が店主を訪ねてやって来た。
「すいません。アキラさんはまだ来てないです。もうそろそろだと思うんですが……」
「そうですか……。また来ます」
不在を伝えると、女性は立ち去った。
引き止めて待って貰えばよかったなと、後になって姫奈は思った。しかし、その提案がすぐに浮かばなかった程、女性は落ち着かない様子だった。
「よう。おはようさん」
午後になって――丁度客がひとりも居ない時、コンビニの袋を片手にアキラが現れた。
特に慌てる様子も無くアクビをしていることから、これが『いつも通り』なのだと姫奈は理解した。一体普段は何時に店を開けているのかと疑問だった。
「なるべく濃いやつ淹れてくれ」
スタッフルームから、アキラの眠そうな声が聞こえた。
姫奈は注文通り濃い目の一杯を持っていくと、アキラはコンビニで買ったと思われるサンドイッチを食べていた。
「朝の早くからご苦労さん。どうだった?」
「はい。なんと、十組ぐらいは来ましたよ」
「マジか。大盛況だな。一杯二百円のコーヒーしか出せないのが悲しいとこだが」
アキラはいつも通り淡々とした口調なので、姫奈には心から喜んでいるようには聞こえなかった。
「そうだ――アキラさんを訪ねてきたお客さんも居ましたよ。なんだかソワソワした感じでした」
「そうか……」
アキラはサンドイッチを食べ終わり、ぽつりと返事を漏らした。
どんな人物だったのか訊ねられなかったので、興味が無いのだと姫奈は思い、これ以上話すのは止めておいた。
アキラはエプロンを纏うと、飲みかけのコーヒーカップを片手にスタッフルームから店内に出た。
「思ってたよりも全然客が来てるんだな」
姫奈も後をついて戻ると、アキラは店内を見渡していた。
「はい。わたしも正直ビックリです」
「仕方ない……。それじゃあ、真面目にカフェやるか」
姫奈の目からもアキラが現在まで適当に経営していた節が重々あったので、ようやくやる気が出たのかと姫奈は期待した。
「よし、姫奈。明日は店閉めろ」
「えっ?」
しかし、その言葉には驚いた。
「せっかくお客さんが来てる流れなのに、閉めてどうするんですか!?」
「どうするって……買い物に行くんだよ。お前も来い、荷物係」
アキラは気だるそうな目で姫奈を見上げていた。
「……はい?」
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