第2話 もしも僕らが……

「仕方ない。でも、僕が津田と一緒に遭難したとして……」


 なんだか、課題レポートの件が吹き飛んでいるけど、気にしない、気にしない。


「リョウタやったら、近くで雪凌げそうなとこに避難しそうやな」


 赤ら顔で陽気な彼女は、見つめてくる。


「あー、そうかもね。してそう」


 考えながら、見つめ返す。

 こうやって考察をしている時は、目と目が合わさったままの事もよくある。

 お互いの心の奥底を見つめようとしているのだろうかと自己分析してみる。


「昔から、非常時の危機管理能力はずば抜けとったし」


 確かに、津田つだの言う通り。

 昔から、自分たちが生死の境に置かれた時の判断は素早かった。

 大学に入ってからも、熱中症に、登山で滑落しそうになったり。

 あと、カヌーでひっくり返って死にそうになったり。

 一歩間違ってたら、死んでいた場面はあったけど、間一髪で回避してきた。


「とすると、最寄りの建物とか探して、救助待ちかな。全然、ドラマがないね」


 もちろん、順当な対策には違いないけど……。


「そんなにゴロゴロとドラマが転がっとったら、現実がやばいんちゃう?」

「それもそうだ。とりあえず、スキーツアー案は破棄で。あとは……」


 何かあったかな。考えを巡らせる僕だけど。


「あー!思い出した!ウチの家でさんざんゲームやってったやろ」

「そ、それは……。だって、父さんたちにゲーム機取り上げられたし」


 僕は、一度なにかに夢中になると、取り憑かれたように取り組む性質らしい。

 ゲームやり過ぎということで、ゲーム機を没収されたことがある。


「パーティーゲームになると、よー、リョウタに虐められたもんや」


 と言いつつ、拳をシュッシュッと繰り出すポーズ。

 格ゲーのつもりか。


「そう言っといて、負けたら、ムキーとリアルで復讐された覚えが……」


 僕がいやらしい手、特にハメ技で彼女を打ち負かし過ぎた時。

 彼女は黙って立ち上がって、僕に重い一撃を放って来たものだった。

 そこから学んだ教訓は、ハメ技は程々に。


「そ、それは。ウチやって、子どもやったら、そんなもんやって。悪かったわ」


 彼女としても、そこはバツが悪いらしい。目を逸らされた。 


「そんなだから、昔から男子にビビられてたんだよ」


 話していて、そんな事を思い出す。

 当時の彼女は見た目で言えば、華奢な方だった。

 それでいて、趣味とか色々が男子っぽかったので、からかう奴は多かった。

 イジメようとした相手に、彼女が何をしたかというと、鉄拳制裁。

 スイミングスクールで鍛えた腕力に脚力もあって、一発ノックアウト。


「今だから言うけどな。あの頃、ちょい傷ついとったんやで?」

「え?そ、それは……さすがに悪かった」


 急にシュンとした様子になるものだから、戸惑ってしまう。

 でも、そういえば、そうだった。図太いけど、同時に繊細な面もあったっけ。

 「私をいじめようとするから、仕返ししただけやのに。なんで、私ばっかりセンセーに叱られないとあかんのかな」とか、三人でゲーム中に、泣きながら、つぶやいていた覚えがある。時折、そんな事があると、金森と二人して慰めたものだった。


「別に気にしとらんよ。ちゃんと、リョウタも金森も味方になってくれたしな」


 何を思い出したんだろう。赤ら顔で、でも、どこか幸せそうだ。

 その笑顔は、改めて見ても、魅力的に思える。


「ウチが、弱い者イジメが大嫌いなのはな。たぶん、あの頃の経験が元やねん」

「そっか。意識したことはなかったけど」

「やから。ありがとな。リョウタ」


 ぺこりと頭を下げられて、僕はといえば、気恥ずかしい気持ちだ。


「それなら良かった。でも、きっと、お互い様だよ。それは」


 小学校を卒業して、ちょっとしての、お別れパーティーを思い出す。


「僕はさ。ほんとは、君と、それと、金森もだけど。同じ中学校に通いたかったんだ。とはいえ、中学受験に受かっちゃったからね。寂しかったよ」


 と、続けて。


「でも、津田も金森も。中学と高校が違っても。よく一緒に遊んでくれたよね」

「そ、それは、恩に感じる程やないよ。私やって、リョウタと一緒に遊ぶの楽しかっただけやから」


 あわあわと恥ずかしげに照れる彼女は、かわいい。


「と、しんみりしちゃったね。頭おかしい話題で盛り上がろうと思ったのに」

「金森がおらんと、茶化してくれへんからな。よし!」


 と、手元からスマホを取り出して、何やらタップしている様子の津田。


「おーい、金森さんやー。ツッコミ役おらへんので、召喚!召喚!」


 どうも、この雰囲気に耐えきれなくなったらしい。

 親友を召喚して、この状態を有耶無耶にしたいようだ。


『つか、俺には話の筋がさっぱり見えへんのやけど。二人で何の話しとったん?』


 スピーカーモードなので、僕にも聞こえてくる。

 そりゃそうだな。いくら、ツッコミ役でも、こんなネタフリは困る。


「簡潔に言うと、僕が「幼馴染ってなんだろ」ってネタを津田に振ったんやけど」

『なあ。言ってもいいか?ええか?』

「どうぞ」

「リョウタ、アホやろ。アホやろ。アホやろ」

「三回言わなくてもわかるってば」

『ネタにしても、もうちょいまともなネタ思いつかんかったか……』

「やろ、金森?おまけに、リョウタがもう、恥ずかしいことばっか言うし」

『おうおう。要は恋人同士、乳繰り合っとったんやろ。結構やないか』


 金森も酔っているんだろうか。そんな感じがする。


「それは置いといて。僕ら、別に、幼馴染って感じじゃないよね」


 からかいを回避するために、話題を逸らす……あるいは戻す。


「まあ、別に特別な話は何もないな。でもな。わかっとるで?」


 金森の声が鋭くなった気がした。


「な、何が?」

「お前、下手したら、中高の友達より、俺らとの縁を重視しとったやろ」

「……」

「お前んとこ。実家こそ同じやったけど、隣の奈良県に通学一時間半。俺らの家が近所やいうても、中高の友人関係より俺らとの縁を重視してくれたのはな。ほんと、俺も、それと、津田も、ありがたいと思っとるんよ」

「ちょ、ちょっと。金森さ。ここはツッコミ入れて欲しいんやけど」


 もう、ほんと、付き合いが長いのも良し悪しだ。

 きっと、ネタ振りは導入で、本命は別にあるのを察しているんだろう。

 そういう空気には敏感な奴だ。それに、以前にちらっともらしたっけ。


「やから、頑張れ、リョウタ。きっと、うまく行く!俺からは以上!」


 そう言って、電話を切られてしまった。


「な、なあ。リョウタ。今夜の話はひょっとして……」


 ああ、もう。金森も津田も、色々察しすぎるのも困りものだ。


「本題については、や。後で話すから。話、続けようや」


 もう、計画が台無しだけど、どの道、津田も、金森も、察する能力で言えば

 より遥かに上。しゃあないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る