二人で幼馴染とは何だろうと考えてみた
久野真一
第1話 お題「幼馴染」で課題レポートを書くことにした
「幼馴染」って何だろう。こんな問いを持っている時点で、僕が変人。
あるいは狂人の類であることは自覚している。
しかし、一つ弁解させてもらいたい。
それは、僕、
僕だけでなく、きっと津田にとっても、「幼馴染」なんてものは、物語の向こうにある何やら甘酸っぱい、自分たちの関係の外にある何かだったから。
とはいえ、これはいい機会だ。ちょうど、大学の講義で、「人間関係」に関する考察レポートをA4用紙三枚にまとめてこいという課題が出されたばかり。津田に、それと、もう一人の親友も招いて、幼馴染について考察してみよう。
というわけで、話を始めよう。これは、僕が津田と二人で、これまでを振り返り、これからについて語る、ただ、それだけのお話。甘くも酸っぱくもないけど、僕にとっては大事な日々の物語。
◇◇◇◇
今日はこれから、1DKの我が家。幼稚園からの付き合いである、津田霞を招いての酒盛りだ。もうすぐ社会人な僕らにとっては、こうしてちょっと集まって酒盛りが出来る日も少なくなるんだろうなあ。
というわけで、同じく長い付き合いである
ともあれ、本題だ。
「なあ、津田さんや。幼馴染ってなんだと思う?」
缶チューハイを喉に流し込みながら、親友に問いかける。
「リョウタ。頭に蛆湧いとるんちゃうか」
ぐいっと缶ビールを喉に流し込みながら、霞はひどい答えを返して来た。
「まあまあ、僕が頭おかしいのは、津田もよくわかってるでしょ」
「自覚があって、それやるのが性質悪いんやけど。狂っとる」
「その狂っとる誰かさんとお付き合いしてるのはどなたでしたっけ?」
言いながら、じっと見つめてみる。
「はいはい。私でございますよ。わるうございました」
ジト目でずいと迫られながら、頬を引っ張られる。
「ちょっと。痛いんだけど」
「念のため、正気かどうか確認したろと思ってな」
「わかってるでしょ。正気でおかしいだけだよ」
「……はあ。しゃあない、付き合ったる」
さすが、持つべき者は親友だ。
「あと、これ、話した内容ベースに課題レポートにするから」
「ああ。あの課題レポートな。先生も頭痛いやろうな」
津田とは通っている学部も同じ文学部で、履修してる講義もだいたい同じ。
だから、大体の事情はすぐ伝わったらしい。
「大丈夫。あの先生も、大概、頭おかしいでしょ」
講義の最中によく、自分語りをする先生だ。まあ、それだけなら、よくある。
しかし、ある日南米に行きたくなったので、翌日に出発するとか。
翌日から最低限の荷物で南米バックパッカーになるとか。尋常じゃない。
「そらそうや」
津田もあっさり納得。
つくづく思う。
大学の先生というのは、どこかしらぶっ壊れた人が多い。
「そもそも、
この二人との関係について語ろうとすると、幼稚園に遡るのだけど。
「ああ、それな。幼稚園の頃からの付き合いって返すけど。「それって幼馴染って奴?」って聞かれるんよね」
気だるそうな目をした津田。ちなみに、彼氏としての贔屓目じゃないけど、津田は大層スタイルがいい。その上に、ノリもいいし、友達の悩みには真摯に寄り添える優しいところもある。今更、わざわざ言うのは恥ずかしいから、正面切って言ったことはないけど。というか、絶対茶化してくるに決まってる。
「そうそう。それで、何か昔からの恋とか、甘酸っぱいエピソードとかあったんじゃない?みたいなノリで、色々聞かれるけど。たぶん、そんな甘酸っぱいエピソードはなかったよね。大人になったら、津田と結婚するーとか、そんなのもなかったし」
「リョウタも背筋がゾワッとすること言うなや。でも、まあ、そやね。幼稚園の頃やって、なんかお遊戯した記憶がぼんやりあるだけやし」
「そうそう。大体、幼稚園の頃の記憶ってたいていぼんやりとしてるし」
「そやね。金森も含めて、気が合うから楽しいっちゃ楽しかったけど」
うんうんと頷く津田。
「それに、津田の事、津田って呼んでるのも。逆に驚かれたり」
「あー、そやね。昔からの呼び名やから、別に気にしたことないけど」
そもそも、物心ついた時から、津田は津田だったし、金森は金森だった。
僕だけ、何故かリョウタだけど、たぶん発音のしやすさとかだろう。
「あ、でも。小学校の頃行ったスキー。あれは楽しかったわあ」
確かに、そんなこともあったかと思い返す。
「確かに。親が水泳やらすから、なんとなく一緒だったよね」
ママさんネットワークという奴がある。
要は、お母さん同士の友達関係なのだけど、お互いの子どもの習い事やら、人間関係について情報交換してたり、子どもに対する教育についても、お互いに、こういうのがいいのだの何の、言い合ってたりした……らしい。
で、そのママさんネットワークのせいもあって、僕と津田、もう一人の親友である金森は、小一から小六まで、同じスイミングスクールに通っていたという縁がある。そのスイミングスクールが年一でやっていたのがスキーツアー。
「僕も、楽しかったけど。三人でワイワイやってただけだよね。確か」
初めて、スキー板や、スキーのための装備をして、滑ったのは、ドキドキしたりワクワクしたのは確か。それでもって、一緒にゲレンデで滑ったのも確かに楽しかった。でも、たぶん、それだけ。
「それもそーやね。そこで甘酸っぱい想い出は、きっとお話の中だけやろ」
と、また、缶ビールを新たに飲んでいる。飲兵衛だ。
「でも、それだと、あまりにドラマがないと思うんだよ、僕は」
「
「どうせ課題レポートだし。なんかドラマあったことにしてもよくない?」
せっかくなら、甘酸っぱいエピソードを書き加えるのだ。
「言うても、元ネタが必要やろ。元ネタが」
「そうなんだよねー。例えば、スキーのエピソードだけど……」
「ふんふん……」
とこのように、津田は非常にノリがいい。
最初こそ白い目で見ていたものの。
こうして、一緒になって考えてくれるのも、良いところだ。
「それやったら。スキーツアー最終日に、事故でも起こったことにせえへん?」
「おお。確かに、それはドラマチック。いいね」
気がついたら、ビール五缶が空になっている。
日本酒の瓶も一つ、空になっている。相変わらずの酒豪だ。
つられて、僕もかなりハイペースで飲んでしまっている。
「金森がいると、ドラマ性にかけるよね。二人で、遭難したっていう設定はどう?」
と、設定を作り込み始めていると、途端に腹を抱えて津田が笑い出した。
まあ、彼女が酔うといつも以上に陽気になるので、よくあることだ。
「また、酔ってるでしょ。何がおかしいのか知らないけどさ」
「ちょい酔っとるけどな。ただ、設定考え始めとったら、楽しくなってきただけ」
酒のせいで、本格的に理性が壊れ始めたらしい。
「よし。それやったら、スキー最終日にウチらが遭難したことにしよ!」
「当時、確か小三だったよね。何が起きるかな?」
「まず、やけど。リョウタは、むしろワクワクしてそうやな」
何が楽しいのか、ニヤニヤしている。
「いやいや、いくら僕でも、少しは、少しは……」
反論しようと試みるけど、そんな非日常的な事態があったら、楽しい。絶対。
そんな自分が容易に想像出来てしまう。
「ほら。否定でけへんやろ」
ドヤ顔の津田に勝ち誇られてしまう。ちょっとムカつくな。
こっちだって言い返してやる。
「それ言ったら、津田だって、昔から図太かったでしょ」
「図太いとは失礼な!ウチは繊細よ!」
ドンとちゃぶ台を叩かれる。目が
彼女と親しくなかったら、本気で怒ってると思うだろう。
「君の繊細エピソードっていうのがあるなら、聞いてみたいね」
「ウチやって、何か……何か……」
「ほら。津田だって、人の事言えない」
大学になっても、痴漢しようとした奴の腕をひねり上げて即通報とか。
腕一本での武勇伝には事欠かない奴だ。
「んぐぐぐぐぐ……って、話逸れとるよ。遭難エピソードの話!」
分が悪いと悟ったのだろう。苦苦しげな顔で話を戻しにかかる。
「仕方ない。でも、僕が津田と一緒に遭難したとして……」
こうして、宴は続く。
さてさて、どうやって本題に繋げようかな。
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